各種取組み

TSネットワークTA研修TA通信実践事例

TA通信第5号

潤滑油としてのTA

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樋口 隆太郎(文学部「知へのパスポート1a(心理学)」TA)

 「この授業もっと続いたらいいのに」。このような学生の声を,担当回の終わりに聞くことがあります。そして,そのような声が聞こえたとき,私はこの授業のお手伝いをできてよかったなと思います。

私は,文学部の1年次生を対象とした「知へのパスポート1a(心理学)」という科目で,串崎真志教授のもと,TAをしています。文学部では,新入生は総合人文学科に所属する形で入学し,2年次に専修(他学部の学科にあたる)に分属することになります。そのため,「知へのパスポート」という科目では,各専修がどのような内容を扱うのかということを,模擬的な授業をとおして学生に体験してもらうことを目的としています。「知へのパスポート1a(心理学)」は,心理学専修の4人の先生方が心理学の入門演習を行ない,学生は各セクションを1/4学期ごとに移動していきます。串崎教授の担当セクションでは,臨床心理学の基本にある自己理解と他者理解について学ぶことを目的として,いくつかのグループワークを通した体験的な授業を行なっています。

 どの授業回も,基本的には次のような流れに沿っていきます。まず,教員が各回のグループワークについて説明します。その後,グループごとに課題について話し合い,結論が出揃ったところで発表します。最後に,教員がふりかえりとまとめをして終わりとなります。TAの仕事には,授業用資料の準備,出欠管理,初回時に5~6人を1組のグループに分けることなど,さまざまなものがありますが,もっとも大きな仕事はグループワークの補助です。各授業回で出されるどの課題にも正答はなく,グループ内で話し合い,自分たちなりに考え,自分たちなりに結論を出すということが必要です。
 
 そのなかで,スムーズにグループの意見をまとめることができる場合ももちろんありますが,意見がうまくまとまらない場合や,話し合いが袋小路に入ってしまい進まなくなってしまう場合もあります。このような場合には,TAが話し合いの進捗具合やどのような点で決めかねているかを尋ね,少し助言をすることで,話し合いが進むように促すようにしています。このときに,学生自身の意見を引き出すということを意識しています。学生が,自分なりに考え,結論を出すことが重要であり,意見を誘導してしまうわけにはいきません。こちらが助言をする際には,グループでの話し合いの流れをまとめたり,どの点で意見が折り合っていないのかを確認したりするなど,学生自身が話し合いの流れを一歩引いた視点から見られるようなことを伝えるようにしています。言うなれば,「授業で課題に取りくむための潤滑油」としてのTAの役割だと思います。
 
 また,グループ内の一部の学生だけが発言し,他の学生は発言の機会をうまくつかめないのか,ほとんど発言しないということもあります。これは,1年次の春学期に行なわれている授業のため,受講している学生は大学生活を始めたばかりで周囲との関係もこれから築いていくという状況にあることも関わっているかもしれません。大学生活では勉学に励むことだけでなく,さまざまな対人関係を築いていくことも非常に重要なことであると思います。授業でのグループの話し合いは,課題について話し合うことをおもな目的としていますが,それだけでなく,話し合いをとおして他の学生と関わりをもつことで,入学したばかりの学生が人間関係を築くための機会の1つにもなりうると思います。そのため,TAが進捗具合をうかがう形で話し合いに加わり,全員に意見を尋ねることで発言に消極的な学生に発言を促し,全員で意見の交換ができるような工夫を心がけています。このような役割を少しおおげさに言うなら,「大学での人間関係を築くための潤滑油」と表現できると思います。
 
 そして,授業外では,講義内容やその手順などを担当教員と事前に共有するように気をつけています。課題の意図や授業の流れをTAが事前に理解しておくことで,授業をスムーズに展開することができ,学生が考える時間を多く取れるようになります。また,学生の様子に目を配る余裕が生まれることで,前述のようなグループワークへの補助も容易になります。
 
 最後に,TAの立場について触れたいと思います。TAをするなかで,もっとも迷うことは,おそらくその立ち位置だと思います。TAの役割も授業によって大きく変わるため一概には言えませんが,基本的には,教員と学生の間にいる存在であると考えています。学生とまったく同じ立場になってしまっては,授業をする側としての役割を果たせませんし,反対に,教員として接するには力不足であり,学生との距離を縮めやすいというTAの立場を活かしきれません。TAの立場を一言で表現することは難しいですが,この授業においては,「先輩」と表現するのがもっとも近いと思います。これは,「教員と学生の間を取りもつ潤滑油」と表現できるでしょう。
 
 以上,拙いながらも私のTAとしての仕事をご紹介しました。TAとは,何かと何かの間に立ち,その間を結ぶ存在であると思います。