各種取組み

TSネットワークTA研修TA通信実践事例

TA通信第1号

「学生の声を聴きとる“通い帳”」

PDF版

松岡慧祐(社会学部 非常勤講師、2010年度秋学期・社会調査実習TA)

 「今日の授業どうたったかな?みんなちゃんと付いてこられたかな?」――そんなことをいつも少しばかり気にしながら、私はTA を4 年間務めてきました。

 私がTA を担当しているのは、社会学部社会学専攻の「社会調査実習」「社会調査演習」(担当者:間淵領吾教授、安藤仁朗講師、木村弘之講師、木村至聖講師)です。2 コマ連続で行われるこの実習・演習形式の科目は、市民や学生を対象としたアンケート調査を実施し、得られたデータを計量的に分析することで、社会調査のテクニックやリテラシーを学ぶことを目的としています。2010 年度は、社会学部の学生を対象として「昼食の実態に関する調査」をおこない、昼食という日常行動にみられる学生の意識や価値観、友人関係などについて統計的に分析しました。
 
 TA の主な仕事は、そのなかで学生が行うあらゆる作業(パソコンを用いた統計解析の演習、調査の立案、調査票の作成、調査データの分析、レポート・報告書の執筆など)の相談に乗り、アドバイスをすることです。班に分かれてグループワークを行う際には、そのなかに入って話し合いの方向づけを行うこともあります。さらに学期の終わりには、一斑分のレポートや報告書の添削作業・執筆指導も担当します。
 
 そのためTA は、学生ひとりひとりに気を配り、積極的にコミュニケーションを図ることで、学生が気軽に質問や相談をしてきてくれるような関係性を作ることが、まずは重要になります。当然、担当教員の先生方のほうが、学生の質問にはより的確に答えられるわけですが、なかには大学の先生を「自分とは遠い存在」「気軽に話しかけることができない存在」と感じている学生もいると思います。私自身もかつてそうだったのですが、分からないことがあっても、なかなか自分から質問を投げかけることができない学生に対しては、こちらが察して、何か困っていることはないか尋ねてみるという工夫も必要になります。 比較的少人数の実習科目においては、そうした学生ひとりひとりに対するきめ細かなケアこそが、TA の果たすべき最も重要な仕事の1 つではないかと思っています。

 ただし、そのためには、どの学生がどんなことを考えているか、どんなパーソナリティの持ち主であるかをある程度把握できていなければなりません。そのために、まずは年度の初めに班ごとの集合写真を撮影し、そこに名前を書き込んでもらって、学生ひとりひとりの顔と名前を一致させます。そのうえで、授業中に学生の様子を観察したり、実際に質問・相談を受けたりして、個々の学生の特徴をつかんでいきます。しかし、そうした授業時間内に限定された観察とコミュニケーションだけでは、学生の本音をくみとることは難しいように思います。先にも述べたように、少なくとも大学の授業という場においては、自分の意思を表現することに消極的な学生も多いからです。
 
 そこで、本科目では、毎週、学生に「授業に対する感想・質問」と「自分への課題」を書いて提出してもらっています。これは“通い帳”と呼ばれています。もともと担当の先生が導入されていたものですが、TA にとっても、個々の学生が授業に対して何を感じ、どんなことを考えているかを知るための1 つの材料になっています。例えば、そこには「~の作業が楽しかったです」「~のやり方がよくわかりました」といったポジティブな感想にくわえて、「今日は~が難しかったです」「これから~できるか不安です」といったネガティブな感想がしばしば綴られます。また、「班のなかで、一部の人にまかせっきりなのが気になりました」「ダラダラする時間が多くなってしまい、もったいない気がします」といったグループワークにおける問題点を指摘してくれる学生もいます。そういったレスポンスは、授業中の直接的なやりとりだけでは、なかなか引き出すことができないものです。この“通い帳”は、授業時間内では拾いきれない学生ひとりひとりの率直な感想や素朴な疑問を受け止め、TA の対応を改善していくためのメディア(媒体)として活用することができます。
 
 また、本科目では、授業後に教員とTA でその日の授業を振り返り、次週の授業について相談する時間がありますが、そこで“通い帳”を回し読みすることで、個々の学生についての情報や授業の問題点を共有し、話し合いの参考にすることができます。その意味で、“通い帳”は学生とTA だけでなく、教員とTA をつなぐメディアの役割も果たしうると言えるでしょう。
 
 このように“通い帳”はTA にとって、学生や教員とのコミュニケーションを手助けしてくれる有用なツール(メディア)だと思います。現時点では、“通い帳”に教員やTA がリプライを書きこむということはしていませんが、例えばそういったやりとりをウェブ上で行うようなしくみを導入するという可能性も考えられるかもしれません。しかし、より重要なのは、TA 自身が、教員と学生を媒介するメディアになることではないでしょうか。決して学生におもねいて仲良くすることが目的になってはいけませんが、より身近な存在として学生に寄り添い、気づいたことを教員に伝え、相談し、学生にフィードバックする。そういった基本的な役割を全うするために、TA はいつも学生の「声」に耳を澄ませるべきだと思っています。