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「国家形成とマイノリティ」研究班

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「国家形成とマイノリティ」研究班
「『野蛮から秩序へ』合評会」

                      
「国家形成とマイノリティ」研究班は、7月2日(土)、本センターの研究員を務める松森奈津子氏の『野蛮から秩序へ:インディアス問題とサラマンカ学派』(名古屋大学出版会、2009年、第31回サントリー学芸賞受賞)の合評会を実施した。今回は、『魂の征服:アンデスにおける改宗の政治学』(平凡社、1993年)等、植民地時代の新大陸における先住民へのキリスト教布教活動をめぐる文化人類学研究をされている齋藤晃氏(国立民族学博物館 先端人類科学研究部)をお招きし、分野横断的な意見交換の機会とした。

 まず研究班主幹の安武より、『野蛮から秩序へ』のうち第二章以降の論述を中心に概観した。本書は、「インディアス問題」に直面したスペインの思想家達の立論の違いに応じて三つに分け、セプルベタ(インディオの奴隷化と征服に積極的)、ビトリア(両者に一定の批判的視点を提供)、ラス・カサス(両者に対して否定的)をそれぞれの代表的・典型的論者としている。さらに「インディアス問題」について、第一にインディオの本性、第二にインディオに対するスペイン支配の正当性、第三にインディオに対する征服戦争の合法性、という三つの争点に即して、その立論が紹介される。第二章「理性と賢慮」ではインディオの本性という第一の争点、第三章「政治権力の本質」ではインディアス支配の正当性という第二の争点、第四章「正戦の要件」ではインディアス征服戦争の是非という第三の争点をめぐる、主として三者の立場の異同が検討されている。本書を通じて、インディオの本性をどう定義するかという争点が、インディアス支配や征服戦争の是非をめぐる一定の立場と連関していることが浮き彫りとなるのである。

 同じく安武より、政治思想史研究の観点から以下の二点についてコメントした。第一に、サラマンカ学派の「もう一つの国家論」が通俗的な「近代西欧政治秩序」構想と比べて世俗化が進んでいなかったとされる点について、近年の政治思想史研究の知見を踏まえるならば、その差異は本書で強調される程大きくないのではないか。第二の論点は、スペインとインディオとの支配服従関係や自治をめぐる理論と実践の多様性を、スペイン国家形成よりも広い視座の中に位置づけることの重要性である。

 続いて、齋藤氏より、松森氏の業績をスペイン・スコラ学の今日的意義という観点から読み直す作業が披露された。齋藤氏は、十分に近代的でないとして否定的に解されてきたサラマンカ学派について「通常近代的とされる思想家達よりも広い世界秩序観を構築することができた」(同書222-3頁)とする松森氏の指摘に注目する。齋藤氏は、スペイン・スコラ学における共同体論を、秩序と自由、自然と文化(慣習)、そして個別と普遍、単一性と多元性のバランスを図る試みと再定義した上で、それが標榜する普遍主義故に、アメリカにおけるスペインの植民地政策、すなわち『野蛮から秩序へ』の移行過程において、インディオを擁護したラス・カサスであっても、自ら信じる「普遍的自然」へと人間を基礎づけようとし、結果的に他者理解なき「人道主義」に陥ったとする。結論として齋藤氏は、スペイン・スコラ学について、人間を客体にも主体にも還元することなく、その本質的二面性に向き合い続けた点に今日的意義を認めつつも、この二面性の統合には成功していない、との評価を下すのである。以上、二者のコメント兼報告をふまえ、著者の松森氏から応答があり、ラス・カサスの人物評で興味深い見解が披露される等、意見交換が続いた。

 なお、今回の研究会に関連し、10月29日には、齋藤氏主催のシンポジウム「近代ヒスパニック世界における共同体の構築」が国立民族学博物館で実施され、安武も一聴衆として参加した。このシンポでは、松森氏が「近代スペイン国家形成と後期サラマンカ学派―モリナの権力論を中心に―」と題した報告を、齋藤氏が「自由の強制?―スペイン領南米における集住政策とその帰結―」と題した報告を行っている。ここでは、近代初期のスペインとその植民地における共同体構築について、一人の君主と多数の臣下を結ぶ垂直的紐帯から構成される社会と、対等な複数の人びと、複数の共同体を結ぶ水平的紐帯から構成される社会という重層モデルを手がかりにして検討が深められており、国家形成班にとっても興味深いものであった。

 この他、10月9日の日本政治学会(於岡山大学)では、安武の司会で分科会D-4「 新興国家のネーション・イメージ形成における包摂と排除:周辺の視座から」が実施され、イスラエル、フィリピン、インドネシアにおける国家形成についての報告を聴く機会に恵まれた。これらを通じて、国家形成とマイノリティの問題群の重層性と多様性を垣間みることができた。

安武 真隆(関西大学政策創造学部教授)

 


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