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第11回マイノリティセミナー

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ニュースレター

紀要

 

第11回マイノリティ・セミナー(法学研究所第88回特別研究会)
「記憶の権利vs.記憶の権力――判例からみた台湾先住民の歴史記憶権」                 

台湾の先住民の権利をめぐる訴訟に先住民の立場から関わってきた呉豪人准教授が、最近の事例の紹介を通じて、台湾原住民(先住民)法制の現状と課題について報告を行った。呉准教授は、先住民への偏見、あるいはその伝統や慣習への無理解から、先住民の行為が不当に犯罪とされた事例や、第二次世界大戦中、日本軍に徴用・徴兵され戦死した先住民を慰霊するための記念碑が、中華民国の歴史観から批判され、強制撤去されたという事例を紹介し、先住民の伝統的な領域の利用権の尊重や、中華民国の正統的な歴史的記憶を必ずしも共有しない先住民の「記憶の権利」の重要性を訴えた。報告と質疑の要旨は以下の通り。

 *    *    *    *

【報告要旨】
最近十年間の先住民の権利をめぐる三つの法廷闘争を紹介するなかで、台湾における先住民法制の現実のあり方について、報告したい。

①里山ツォー族頭目「野蜂蜜強奪」事件

2003年2月19日、阿里山の先住民ツォー族の頭目(リーダー)が、その伝統的領域(法的には政府からの賃借地)において蜂蜜の不法採集者と疑われる者を発見し、蜂蜜などを押収したところ、その行為が強奪にあたるとみなされて頭目が逮捕された。不法採集容疑者を発見した場合は、その者を警察署に連れて行くのが通常の手続であったが、事件当日、頭目は、ツォー族の重要な儀式である葬儀に参加する必要があり、警察署に行く時間がなかったため、その場で証拠として蜂蜜などを取り押さえることにしたところ、それが犯罪とみなされたのである。

頭目は無罪を主張したが、裁判所は、1審・2審とも有罪と判決。ツォー族の側は、部族の伝統的領域における共同財産への尊重などを主張して、最高検長官に非常上訴を行った。


②スマングス部落倒れ木事件

2005年8月31日、タイヤル族のスマングス村付近の倒木を、林務局が売却のために運搬したのち、そこに残された切り株をスマングス部族の若者が村に持ち帰ったことが、国有林の産物の窃取とみなされた。若者たちの行為は、部族会議の決定に基づくものであった。1審・2審は有罪。最高裁は、文化多元主義の重要性を認め、先住民がその伝統的領域内で慣行に従って行った行為は、合理的な範囲内で尊重されるべきことを理由に、無罪を判決。

これら二つの事件は、先住民の伝統的領域の利用権限の尊重に関わるものである。台湾では、ながく、先住民の慣習と近代法が抵触した場合には、常に後者が優越してきた。戦後から原住民基本法が制定されるまでの間、先住民の伝統的領域における漁労・採集などの行為が犯罪とされた事例は五万件にものぼる。それゆえ、スマングス事件最高裁判決は画期的である。


③ウライ高砂義勇兵慰霊碑強制撤去事件

第二次世界大戦中、台湾原住民8000人以上が日本軍によって徴用・徴兵され、その半数以上が戦死した(高砂義勇兵)。タイヤル族のウライ部落からも30人以上が出征し、南方の激戦地におくられ、わずか数名のみが生還した。1992年、ウライの高砂義勇兵遺族らが、元日本兵などの寄付を得て、慰霊碑公園を建設した。公園はいったん資金難から存続の危機に陥ったが、産経新聞などの呼びかけによって日本から寄付が届けられ、2006年に再建された。ところが、台湾の国会議員が、この慰霊碑公園を、日本軍国主義を称揚するものとして問題視し、マスメディアもそれに呼応。結局、公園は強制撤去されることとなった。ウライ側は、行政訴訟を提起し、最高裁において勝訴した。ところが、ウライ側にも非があるものと認定され、政府に対して損害賠償や現状回復は命じられなかった。

台湾では、台湾独立派と中国統一派が対立しており、それぞれがその正統な「歴史の記憶」を主張している。しかし、日本側に立って従軍した先住民の「歴史の記憶」は、いずれにとっても目障りであり、政府の弾圧を呼び起こすことになったのである。

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【質疑1】
「事例③について、上告判決の理由は何でしょうか。先住民のアイデンティティや伝統への配慮が明言されたのか、それとも、言論の自由などの近代法の原則に依拠したのでしょうか」。
「非常に鋭い質問ですね。この判決では、原住民の権利や文化の尊重などについてはほとんど言及されていません。行政行為の不備が指摘され、それがおもな理由となっています」。

【質疑2】
「人権の普遍性についてのお考えを聞かせてください」。
「人権に普遍性はないと思います。人権の観念は、歴史的なものであり、時代によって変化していくものです。しかも、理論ではなくて、むしろ現実こそが先に発展してゆく。したがって、理論を現実に当てはめようとするような傲慢な態度をとるのではなく、現実に生じた事件をまず検討するべきだと思います」。

【質疑3】
「原住民が法的にどこまで保護されるのかは明確ではありません。憲法解釈として、それを明らかにしてゆく必要があると思いますが、いかがでしょうか」。
「台湾の先住民保護法制は、ある面では、日本よりも進んでいます。台湾では、「原住民基本法」をはじめとして先住民の伝統や慣習を尊重する法制度が整備されてきているのです。しかし、行政実務においてそれが遵守されていないということこそが大きな問題だと思います」。

西 平等(関西大学法学部准教授)

 


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