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大学生の就職活動をめぐる近年の動向とその功罪 キャリアセンター 所長 化学生命工学部 教授 平野義明

コロナ禍以降、大学生の就職活動を取り巻く環境は大きく変化しています。現在も「3年次の3月に情報解禁、4年次の6月に選考開始」という政府からの就職・採用活動に関する要請(就活ルール)はあるものの、すでに形骸化し、企業も学生もより早く、より多様に動く時代になりました。ご父母の皆さまにとっても、ご子女の就職活動は「自分の頃とは違う」と感じる場面が多いことでしょう。ここでは、近年の新卒採用と学生の動きに関する特徴をご紹介します。

「早期化」

就職活動ではスピードが重視されるというものの…

まず挙げられるのは、就職活動の早期化です。就活ルールなどあってなきが如く、インターンシップを通じて3年次の夏から実質的な選考が始まるケースも増えています。学生も、早い段階から自己分析や企業研究を始める傾向が強まり、2年次からキャリアセンターを訪ねる例も珍しくありません。早くから社会を意識できるという点ではプラスですが、一方で焦りや情報過多による混乱を招くなど、早期化には功罪があります。特に、まだ自分の適性や将来像が固まっていない学生にとっては、拙速な進路決定が後のミスマッチにつながる懸念もあります。ただただ早い流れに巻き込まれ、就職する意義すら見失う学生も散見されます。デジタルネイティブな昨今の学生はオンラインの情報に重きを置きがちですが、やはり就職は人と人とのつながりが重要なファクターです。遠回りだと感じるかもしれませんが、自分の目で見て耳で聞いて判断できる企業セミナー(キャリアセンター主催)に積極的に参加し、企業の採用担当者と少人数でじっくり話をすることが大切です。

「キャリア観の多様化」

一人ひとりがそれぞれに持つ〝働く理由〟

学生のキャリア観は多様化しています。かつては「安定した大企業に入る」ことが目標とされましたが、いまは「自分らしい働き方」「社会貢献」「ワークライフバランス」「地方創生」など、価値観は多岐にわたります。SNSを通じて多様なロールモデルに触れる機会が増えたことや、コロナ禍を経て生活や働く意味を見つめ直した影響も大きいでしょう。企業にも一律の説明ではなく、個々の学生と価値観を共有しようとする姿勢が求められています。しかし、先にも述べた通り、自分の適性や将来像が固まっていない学生にとっては、こういった動きは選択肢を広げる一方で、「何を基準に選ぶか」が見えづらくなり、迷いを深める面もあります。学生は、大人(企業、教員、先輩、キャリアセンター職員など)と対話することにより何かを見つけ、先々の自分を考えられるようになるのではないでしょうか。

「人的資本重視」

〝人〟をどう育て、どう活かすか

企業側も人的資本を重視しています。近年、多くの企業が「人的資本重視」を掲げ、採用・育成・定着の一体化を進めています。採用段階から「入社後にどれだけ成長し、組織に貢献できるか」を見極める傾向が強まり、単なる学歴や知識よりも、挑戦意欲や協働力、価値観の一致が重視されるようになっています。学生も企業も、「エンゲージメント(相互の信頼と共感)」をいかに高めるかが採用の成否を左右する時代です。採用担当者は学生との対話を通じて、「この人と一緒に働きたい」と思える関係性づくりを重視しています。

「就職活動とAII」

便利さと〝自分らしさ〟の両立

最後に、近年の新たな動きとして注目されているのが、就職活動とAIの関係です。学生が企業に応募する際に提出する「履歴書」や「エントリーシート(ES)」は、企業が最初に学生を見極めるための重要な書類です。ところが近年、このESをChatGPT、Google Gemini、Microsoft Copilotなどの生成AIを使って作成する学生が増えています。AIを活用すれば文章が整い、効率よく仕上げられるという利点はありますが、企業の人事担当者によると「AIで作成されたESはすぐに分かる」とのことです。
AIが生み出す文章は整っていても、内容がどこか無難で個性に乏しい傾向があります。文章の向こうに人物が見えないのです。「バイトリーダーとしてチームをまとめた」「サークル幹部として活動した」といった似たようなエピソードが多く、志望動機も企業のホームページにある理念やキャッチコピーを組み合わせたものに留まりがちです。実際、大手企業の中にはAI判定システムを導入し、AI生成率が一定以上のESを自動的に不合格とするケースもあるようです。たとえ書類が通過しても、自分で書いていない場合は面接で答えられず信頼を失いかねません。企業は学生の言葉や表情、熱量を通じて「本当に自分の経験として語っているのか」を見抜いています。
とはいえ、AIの活用自体を否定する必要はありません。企業ではすでに市場調査やデータ分析などでAIが活用されており、社会人にとってAIを上手に使いこなす力は欠かせません。問題は「AIを使うかどうか」ではなく、「AIをどう使うか」です。AIに任せて思考を止めるのではなく、自分の考えを整理し、伝えるための補助ツールとして活用する姿勢が求められます。AI活用にも功罪があり、便利さの裏には〝自分らしさ〟を失う危険も潜んでいるのです。

ご家庭でできるサポートとは

こうした変化のなかで、ご父母の皆さまに求められるのは、「口を出すこと」ではなく、「耳を傾けること」です。学生たちは、自分の価値観や将来像を模索しながら、膨大な情報と格闘しています。時にはAIを使いながら、自分の言葉を探しているのかもしれません。インターネットには、真偽が定かでない情報が、さも正しいかのように氾濫しています。経験の乏しい学生たちにとってそこから正しい情報を得ることは、非常に難しいことです。しかし、簡単に答えを手に入れてしまえば、学生たちの成長にはつながりません。ご父母の皆さまにおかれましては、どうか答えを示すよりも、「あなたはどう感じたの?」「何を大切にしたいの?」と問いかけ、考える力を支えてあげてください。
就職活動は、単なる有名企業・上場企業選びではなく、自分自身の人生をどうデザインするかを考える貴重な機会です。社会の変化が激しい今だからこそ、「早く決まること」よりも、「納得して進むこと」に価値を置く姿勢が大切です。ご父母の皆さまの理解と励ましが、ご子女にとって何よりの支えとなるでしょう。

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