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資料 入学式式辞全文 ─ AIの時代に学ぶべきこと ─ 関西大学学長 芝井 敬司

(小見出しは、会報編集部)

皆さん関西大学にご入学おめでとうございます。いつも入学式の式辞としてお話しする内容を、今年は学長からのメッセージとして配信することになりました。言うまでもなく、新型コロナウィルス感染症の拡大のためです。しかし形はどうあれ、高校を卒業していま大学生として学びを始める、あなたたち新入生の気持ちというものは、おそらく変わりないものでしょう。「期待と不安」、大学に合格した喜びとともに、うまく大学に慣れていけるのか、授業についていけるのか、友だちができるのかといった不安。さらに、下宿で一人暮らしを始める人の場合には、生まれて初めて実家から離れ、これから食事や健康を含めた自分自身のライフスタイルを、どう作っていくのかという大きな問題もあります。いずれにしても、人生の新しい出発というものは、どんな時代でもどんな人にも、期待と不安がないまぜになった独特の感情を、私たち人の心に惹起します。

大人になる4年間

これから始まるあなたの4年間。4年間は長いようで短い時間です。また4年間は短いようでいて、あなたの人生にとっては、決定的に重要な時間でもあります。なぜならば、この時期は、人間が大人になる時期であるからです。青年後期と呼ばれるこの時間に、人は、ある時には、さまざまな悩みと苦しみを味わいながら、別のある時には、自分の心と向き合い深く考えながら、好悪(好きか嫌いか)、美醜(美しいか醜いか)、善悪(善い悪いか)に関して、自分自身の判断を固め、その人の一生の生き方を左右する「個人の価値観」を形成していく。まさに大学生としての4年間は、そうした時期であるからです。より分かりやすく言い換えれば、あなたの個性や性格が最終的に形成され、「あなた」という人間を特徴づける「ものの見方」や「ひととなり」が、しっかりと固まってくるのです。

2057年に100億人

さてここで、皆さんの未来に目を向けてみましょう。おそらく本日入学された皆さんの多くは、2001年つまり21世紀の最初の年に、この世にお生まれになったと思います。最近、広く浸透した「人生100年時代」という言い方が現実となるならば、皆さんの大半はこの21世紀の100年間を、文字通り「わが人生」として生きていく、ということになります。皆さんが生きる21世紀がどんな時代になるのかは本来予測できるものではありません。しかし、いくつかの分野では、遠くない未来について見通してみることができそうです。たとえば、現時点で77億人を超えたと推計されている世界人口は、3年後の2023年に80億人に達し、37年後の2057年には100億人に達すると予想されています。これにたいして日本の人口は、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、33年後の2053年に1億人を割って9925万人になるといいます。

インターネットで芝井学長の式辞を配信

未来予測とAI

もう一つ、皆さんの将来に深く関連する未来予測に触れておきましょう。それは、AIつまり人工知能(Artificial Intelligence)に関するものです。皆さんもご承知のとおり、近年、AIが目覚しい進歩を遂げ、私たちの日常生活のさまざまな場面に登場してきました。その結果、人類社会の未来に、シンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれる大きな転換が生じる、と考える科学者や技術者が現れました。情報技術と人工知能に代表される現代のテクノロジーが、人間社会に大転換をもたらすというのです。アメリカのレイ・カーツワイルは、われわれ人類は2045年ごろになると、「人はコンピュータに意識をアップロードするようになり、やがて人類は身体を失い、テクノロジーとハイブリッド化される」と予言しました。
もう少し穏やかな言い方もあります。「AIは、今後急速に普及する。そうなれば、これまで人がやっていた多くの仕事がAIに代替されてしまうので、今ある職業の多くが将来なくなってしまう」という見立てです。スーパーのレジ係や運転手も、宅配人や料理人も、診断や治療・投薬をする医者や薬剤師も、学校の教師、弁護士・裁判官も、みんな、ITとAIが、自動運転とドローンが、代わりにやってくれるというわけです。

2045年の賭けと読解力

さて皆さんは、こうした未来予想についてどう思いますか。ITとAIの発達がこの社会を大きく変え、私たち人類が、2045年ごろにシンギュラリティを迎えるという予想です。私自身の答は、はっきりとノーです。そもそも未来のことは、誰も確実に知らないわけですが、もし「2045年ごろにシンギュラリティを迎えるかどうか」で賭けをするならば、私はためらいなくノーに賭けます。これから25年後のことです。どうぞ皆さんがその賭けの結果を見届けてください。
AIやシンギュラリティに興味を持った人は、ソルボンヌ大学の教授でコンピュータ科学者であるジャン=ガブリエル・ガナシアが書いた『虚妄のAI神話』と、新井紀子さんの『AI vs.教科書が読めない子どもたち』を読んでみてください。とくにコンピュータ科学者の新井さんのご本では、コンピュータやAIができることは「あくまで計算することだけ。とても知能といえるレベルにない。原理的にもありえない」ときっぱり言いきっていて、まことに痛快です。
ただし、新井さんはこう警告します。今後AIが社会に浸透していくことは確かだろう。その時に「AIができること」を人間がしようとしても到底勝ち目がない。だから人間は、AIができないこと、AIがもっていない能力を、人間にしかできない力をもっていなくてはいけないといいます。では、コンピュータや人工知能ができないことができる人とはどんな人でしょうか。私自身はこう考えています。創造性ある人、アイディアあふれる人、感性豊かな人、物事の価値判断ができる人、共感できる人、交流・対話できる人、責任感ある人、リーダーシップがある人。そして新井さんは一言、AIに仕事を奪われないために、人間として必要な基礎として大事なことは、まず「読解力だ」と指摘しています。
新井さんが指摘する読解力をつけるためには何が必要なのでしょうか。ここで私は、以下2つだけ大事なことをお話します。

アメリカの学生は年間100冊、あなたは?

一つは、どうか本や新聞を読んでほしいということです。もしいま、あなた自身に読書の習慣がついていないのであれば、どうか今日この日に、決意を固めてください。大学生になった私は、今日から本や新聞に向き合うと。少しでも真剣に将来のことを考える人であれば、今あなたに必要なことは、これから学生時代のうちに、本や新聞をしっかりと読んでいく習慣を身につけることです。それは、単純なように見えますが、もっとも大事な基礎作業で、また間違いなく効果が上がる方法です。知識が増えるだけではなく、理解する力や考える力も養われ、コミュニケーション能力や表現力も、ゆっくりとながらも確実に高められる方法です。
たとえばアメリカの大学生は、授業で示されるリーディング・リストを中心に、1年間で100冊の本を読むといわれています。1年間で100冊、4年間で400冊の本を読み上げた人、それが大学を卒業する学生にたいするアメリカの世間相場ということになります。いっぽう、とくに最近になって、日本の若者は本や新聞を読まなくなってきました。本当にそれで大丈夫でしょうか。しっかりと本と向き合って、頭で理解し考えながら手ごたえのある読書をすることが、いまの皆さんには必要です。AIなんかに負けないために。

皆さんへの100冊と先輩の2冊

皆さんの入学に際して、『新入生に贈る100冊』というタイトルの小冊子を配布します。毎年、学長の私が20冊、丸善雄松堂と紀伊國屋書店の目利きのスタッフがそれぞれ40冊、それをあわせて100冊にまとめたものです。冊子のQRコード※はスマホやタブレットから無料で読むことができます。図書館では書物としての利用とともに、ウェブサイトからアクセスできます。さらに昨年からは、岩波書店と協力して、新書や文庫の名著を、無料で読める取組を始めています。
あなたが手にするこの小冊子は、新入生のために編まれました。おそらく、今日から始まる大学4年間の経験は、その後の人生全体にたいして決定的影響を与えます。さまざまな経験を通じた「人との出会い」が、あなたの成長を約束してくれます。そして確実に、「本との出会い」は、あなたの魂の成長の糧となります。だからこそ、あなたのために心をこめて選びました。この冊子の11ページからは、皆さんの先輩であるジャルジャルの福徳さんが5月に出版するデビュー作の小説が、同じく関大卒業生のブローレンヂ智世さんの『ワンピースで世界を変える!』がニュースとして紹介されています。

あなたのSDGs

さて、もう一つお伝えしておきたいことは、SDGs「持続可能な開発目標」Sustainable Development Goalsについてです。SDGsは、今から4年半前、2015年9月に開催された国連サミットにおいて、国際社会がめざすべき共通の目標として採択された取り組みです。2030年を達成の目標年とする17のゴールと169のターゲットからなる全体を、私たちが協動することによって支え目指していこうとする大きな運動です。貧困や飢餓、環境や自然保護、教育や労働、平等や平和など、私たち人間が抱えている多くの課題の解決をめざし、勇気をもって取り組むものです。私たち関西大学では、SDGsの推進プロジェクトを設置して、積極的な活動を展開しています。
今回、皆さんに配布する「KANDAI for SDGs」と題するパンフレットは、皆さんの先輩たち、商学部の学生グループが、新入生のあなたのために自主的に作成してくれました。これから、皆さんと一緒に、私も一人の人間として、SDGsの推進活動に参加する日を楽しみにしています。
「創造性ある人、アイディアあふれる人、感性豊かな人、物事の価値判断ができる人、共感できる人、交流・対話できる人、責任感ある人、リーダーシップがある人」、先ほど私はAIに負けない人間について、そう表現しました。多くの人が集うこのキャンパスで、あなたが交流と対話の機会を活かし、さまざまな経験を積み重ねて、しっかりとした大人に成長することを心から期待しています。

あなたとの約束

皆さんはこれから、関西大学で4年間学ぶことになります。学ぶことは、あなた自身が知的にも精神的にも人間として成長することであり、大学での学びは自分自身の夢や可能性を大きく広げてくれるものです。空の鳥が自由に大空を飛ぶように、あなたが、自分自身の思考と行動の羽を大きく伸ばし広げ、やがてこの21世紀の舞台で活躍する姿を、私は期待をもって心に描いています。
私たち関西大学は、自分自身の夢や将来と真剣に向き合うあなたの姿勢を、私たちの喜びとします。私たち関西大学は、そうしたあなたと、ともにあることを堅くお約束します。本日はご入学おめでとうございます。

2020年4月1日
関西大学学長 芝井 敬司

※QRコードは㈱デンソーウェーブの登録商標です。

「思い出に残る卒業記念写真画像」を提供

3月19日(木)に開催予定だった学部卒業式が、新型コロナウイルス感染症の拡大防止が強く求められるため式典が中止となり、卒業証書・学位記の授与については、時間やキャンパスを分散する等の措置を講じて実施した。また、授与当日は、卒業・修了する学生以外はキャンパスへの入構は控えていただくかたちとなった。
卒業式は本来、卒業生や父母・保護者の皆様にとって重要なイベントであり、教育的意義に鑑みて可能な限り実施したいと考えてきたが、全国から1万人が集まる式典であるため、万が一参加者から感染者が出た場合には、甚大な影響が出ることが危惧されるため、一堂に会することは避けるべきと判断し、関西大学としては苦渋の決断となった。
式典中止の決定に伴い、卒業生ならびに父母・保護者の皆様から「時節柄やむを得ないものの、たいへん残念である」旨の声が多く寄せられた。このような状況下において本会では、芝井学長との記念写真を含む式典風景やキャンパス風景の画像データをウェブサイト上に掲出し、その画像データと卒業生自身の写真データ等を合わせることで、簡単に卒業記念写真が合成できるよう写真データを用意した。卒業式に参加した雰囲気を味わっていただくとともに、卒業生や父母・保護者の皆様の思い出の一つにでもなればと願い企画した。
なお、この企画は3月17日(火)〜31日(火)までの期間限定の掲載であったが、多くの反響を呼び産経新聞等にも写真付きで紹介された。

学長との合成写真(サンプル)

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