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熊本・教育懇談会で室原文庫を披露 ダム建設反対「蜂の巣城」の遺産 市民運動家の反骨精神と関大研究者の誠実さ
教育後援会会報編集部

2017年(平成29年)8月5日開かれた熊本市での教育懇談会で注目された「遺産」があります。1950〜60年代にかけて熊本・大分県境のダムをめぐって繰り広げられた大規模な建設反対闘争を記録し、関西大学図書館で保管されている「室原文庫」です。その一部が懇談会場で展示されたのです。それをきっかけに地元の熊本日日新聞は同年9月1日の朝刊で「蜂の巣城 公共事業を問う 反対闘争の資料 関西大に保管」との大見出しで報じました。蔵書には、国のダムづくり政策に徹底抗戦した熊本の市民運動家の反骨精神と、関大の研究者らの誠実さがこめられています。学内でもあまり知られていなかったこの文庫をのぞいてみました。
関西大学の図書館は蔵書数227万冊、年間利用者約76万人という全国有数の設備と規模を誇りますが、個人の膨大な蔵書が寄付され、寄付者の名前などをつけた特別文庫が26もあることはあまり知られていません。特別文庫は千里山キャンパスの総合図書館(地上3階、地下2階、21,750平方メートル)の地階に保管されています。

熊本日日新聞 2017(平成29)年9月1日付 朝刊

ユニークなダム反対運動ー82件の訴訟

室原文庫を寄付したのは、故室原知幸さん。1953年(昭和28年)6月、九州の「筑紫二郎」の異名をとる一級河川筑後川は集中豪雨に見舞われ大きな被害が出ました。国はこの川の上流に治水対策として松原・下筌の二つのダム建設を計画しました。そこで地元の室原さんが「ダムの位置や治水計画上の科学的根拠に疑義がある」と反対運動を起こしたのです。
全国から多数の支援団体や市民が支援に駆けつけ、大規模な紛争に発展します。室原さんの反対運動は実にユニークでした。「暴には暴」「法には法」と、ダム建設予定地に「蜂の巣城」と呼ばれる砦を築いて抵抗する一方、82 件に及ぶ訴訟を、国などを相手に起こし、多彩な法廷闘争を展開しました。その中で室原さんが一貫して主張したのは「公共事業は法にかない、理にかない、情にかなわなければならない」ということでした。

関西大学で室原文庫を取材する熊本日日新聞の本田清悟氏

第2・第3の砦

こうした建設反対運動は地元住民のほか全国から多くの支援団体が駆けつけ大規模な闘争に発展しました。こうした運動を取りまとめる室原さんのやり方は独特で粘り強いものでした。「蜂の巣城」が行政代執行で「落城」すると、すかさず隣接地に第2蜂の巣城を築き、さらに第3蜂の巣城を構築するという具合でした。やがて支援団体などが離れていき、最後には親族だけになっても水没予定地にある自宅に「室原旗」を掲げて抵抗の意思を示しました。この旗は日の丸の赤と白を反転させ、赤地の中に白い丸がくりぬいたようなもので、他の多くの垂れ幕や横断幕とともに、室原文庫に保管されています。

室原文庫で保管されている「室原旗」や垂れ幕など

猛勉強で訴訟闘争

結局、法廷闘争にも敗れてダムは1973年(昭和48 年)完成しました。ただ、その反骨精神は少しも揺るがず、法廷闘争も「判決では負けたが、訴訟には勝った」といわれるほど、精緻な理論闘争で国の理論を圧倒した、といいます。
それもそのはず。室原さんは訴訟を弁護士任せにせず、自分で猛勉強したのです。読破した書籍は法律、社会経済、自然科学、工学などはば広い分野にわたりました。そして自ら先頭に立った蜂の巣城闘争の調査研究を第3者に依頼しようとし、半世紀前に関西大学の面識もない、ある法学者にたどりつきます。

10年間で6学部の250人が研究

当時、法学部教授だった故桜田誉先生です。「九州にもすぐれた大学があるのに」と当初は戸惑った桜田さんでしたが、室原さんの人柄と誠意に心を動かされて現地調査を引き受けました。期間は5年の予定でしたが、結局8次にわたる現地調査などで10年の歳月を要し、参加した研究者は法・文・経・商・社・工の6学部延べ250人に達しました。考古学の泰斗、網干善教教授が水没予定地で縄文遺跡を発見するなどのおまけも飛び出すほどの徹底したものでした。
特定のスポンサーはおらず、研究者が自腹を切ったほか、久井理事長(当時)や保護者でつくる組織「関西大学教育後援会」の森本靖一郎幹事長(元理事長、現本会常任顧問)らが資金を調達して提供しました。こうしたご縁で書籍や反対運動に使った垂れ幕や横断幕、書簡など1300点の資料が、1973年(昭和48年)、関西大学に寄贈されました。

教育懇談会場に展示された室原文庫の説明資料

高校の教科書から英米法入門書まで

総合図書館の地階に保管されている室原文庫

文庫の特徴のひとつは室原さんが独学で学んだ膨大な専門書です。電気工学を1から勉強するための高校の教科書もあれば、イギリスの土地収用制度を知るために東大の英米法の教授から指導を受けた英米法入門書や英国土地収用法の本まであります。 当時の毎日新聞は「蜂の巣城は沈んでも…不屈の闘争魂は残った。城主室原さんの文献、関大に永久保存」と大きく報道するなど、各紙がこぞって紙面を割きました。また地元の熊本日日新聞社は関西大学から感謝状を贈られたヨシ夫人の言葉を以下のように伝えています。「このように残していただき、本人も満足していることと思います」。

注 下筌・松原ダムとは

熊本・大分県境の筑後川上流に位置する治水、発電などの多目的ダム。1953年、福岡県久留米市などで死者147人を出した水害を機に国が計画しました。住民らの反対運動にも関わらず、65年から66年にかけてそれぞれ本体が着工され、73年に完成しました。

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