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飛鳥、まほろば、セミナーハウス 芝井敬司(しばいけいじ)

飛鳥古京は稲淵の地にあるセミナーハウス関西大学飛鳥文化研究所・植田記念館との付き合いも30年を超えた。最初に訪れたのは1984年の12月だったか、西洋史の学生が自主的に活動しているエジプト、中世史、近現代史の3つの研究会の合同合宿であったと記憶している。当時、学生と一緒に合宿ができる関大のセミナーハウスは、飛鳥だけだった。現在の広く立派な新館の建物はまだ建設されておらず、今ではほとんど使用されていない道路沿いのこじんまりした木造瓦葺2階建の本館が、私たちの研修場、食堂、コンパ会場、宿舎であった。

貧しく名がなく…

昔、自分自身が学生のころに、時の指導教授から「貧しく名がなく時間が有り余っているのは、若者の特権です」と、よく聞かされていたが、確かに学生時代の私自身がそうであり、また30年前の関大生もまた、そうであったように思う。セミナーハウスで旅装を解くと、すぐに研究会が始まり発表にたいして活発な質問と討論。食事・入浴が済んで研究会の方も一段落すれば、そこから夜を徹してコンパが始まる。勉強の話も、人生の話も、恋の悩みの相談も、話の種は尽きないし、授業では決して見ることのない学生の姿を見せてもらい、彼らの本音も聞かしてもらった。

きもだめしと恋

夏のころには、コンパの余勢で、これから試胆会(きもだめし)をしようということになった。セミナーハウスから少し道を戻った高みにある有名な7世紀の遣隋使留学生の南淵請安(みなみぶちのしょうあん)の墓まで男女1組で出向き、墓前にロウソクを灯して帰ってくるというプラン。道に迷ったのだろうか、あるいは怖かったのか楽しかったのかは知らないが、出て行ったきりなかなか帰ってこない組もあった。セミナーハウスの先にあり夜は漆黒の闇となる飛鳥川上坐宇須多伎比売命神社(あすかかわかみにいますうすたきひめのみことじんじゃ)まで夜中の参詣に行ったこともあった(念のため、現在は夜の9時以降の外出はできません)。コンパでは12時を過ぎてからだんだんと人数が減っていき、目を赤くして5時や6時くらいまで粘っていた猛者が最後に布団に倒れこんで、終宴を迎える。
翌日、朝食を摂り身の回りの片づけをして、合宿の反省などを済ませてセミナーハウスを退館。学生との合宿では、たいがいその後は飛鳥を散策するのが長く恒例であった。道なりに石舞台古墳まで下りてきて、そこからは登り坂を根気良く登って岡寺へ、そして飛鳥寺へ。時には道を下りる左手に広がる棚田を横切り、峠道を越えて高松塚古墳、川原寺方面へと足を延ばして飛鳥の四季を楽しんだ。

ありゃ散歩道で酒のアテ

平成になったころ、文学部第二部の新入生を連れた春のハイキングでは、同行してもらった髙橋隆博先生がお見事で、分かりやすく素晴らしい現地講演を、新入生とともにじっくりと楽しませていただいた。いや、それだけではない。先生は歩きながら目ざとくあれこれと野草を見つけては採集されている。「これはノビル、ほらスカンポ、ありゃセリもあった。ノビルは飛鳥ネギとも言う。味噌を付けて齧るとすこぶるうまい。いにしえの飛鳥を偲ぶ酒のアテかな。お粗末。」てな具合で、終始、笑いの絶えない春のハイキングとなった。

雪中行軍事件

ある年の冬、やはりセミナーハウスの合宿の後、学生と一緒に飛鳥を散策していると雪が舞い始めた。川原寺から飛鳥駅までの長い道を進むうちに、雪は激しさを増し気温もぐんと低下して、私たち一団はコートにも頭にも雪を真っ白に積もらせて吹雪にもまれるようになりながら、やっとの思いで飛鳥駅にたどり着いた。駅前の喫茶店に避難し温かいコーヒーにありついて、向かいに座った女子学生の顔を見上げると、彼女の唇は紫色に変わっていた。のちに仲間内で、「飛鳥雪中行軍事件」と名づけられたエピソードだ。

ヨーロッパから院生

参加者集合、KUワークショップ2013

さて、この2年間ほどは、9月に文学研究科副専攻「EUー日本学」が主催するKUワークショップで飛鳥を訪れている。毎年、文学研究科の大学院生とヨーロッパの大学院生がセミナーハウスに泊まって研究発表会を行っている。ここに掲載した写真は、2013年の集合写真。ルーヴェン大学(ベルギー)、デュッセルドルフ大学(ドイツ)、カレル大学(チェコ)、チューリッヒ大学(スイス)からやって来た大学院生と関大の大学院生が集まり、それぞれの研究発表と相互の懇親の機会として活かしている。なによりも、この機会に大学院生同士が友達になってくれることが嬉しく頼もしい。偶然にも昨年は、私たちグループと評議員会のグループがロビーでめぐり合わせ、池内理事長はヨーロッパから来た大学院生一人ひとりと熱く握手していただいた。
昨年のワークショップの後も、飛鳥川に沿って道を下り、しばし飛鳥の名勝を訪ねた。ちょうど石舞台近くにある都塚古墳で階段ピラミッド状の墳丘が確認された直後であったが、発掘作業に従事された明日香村教育委員会調整員で関大非常勤講師の西光慎治氏のご好意で、私たちは都塚古墳で氏の現地説明を拝聴し、さらには家形石棺を収めた横穴式石室に入って内部を見学する貴重な機会を得た。近年ヨーロッパでは、アニメやコスプレをきっかけに現代日本文化に興味を持つ若者が多いというが、日本に来て蘇我稲目の墓とも言われる6世紀後半の横穴式石室に入るのは、めったに味わうことができない得がたい経験だったろう。

古代米カレー

今年も9月に、飛鳥セミナーハウスで、KUワークショップの開催を計画している。昨年は燃えるような真っ赤なヒガンバナが、飛鳥の田園のあぜを彩ってくれていた。古代米カレーを味わい、秋の飛鳥散策の楽しさを堪能したい。こうした思い出が生まれるのも、歴史ある飛鳥の地に関大の立派なセミナーハウスがあって、私たちを快く受け入れてくれるからである。これからもなるべく多くの教員と学生が、他のセミナーハウスとは一味違う飛鳥セミナーハウスの個性を、存分に味わってほしいと切に願っている。

(文学部教授)

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