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教員が語る専門領域の魅力 vol.5

平田 渡 教授

老いてなお矍鑠としてスペイン語と

大和言葉をみがき続ける。新聞や

テレビに登場する、知る人ぞ知る、

さる分野の達人でもある。

平田 渡 教授

Profile

学部では、「スペイン語総合」「基礎演習(外国語コミュニケーション)」を担当。ほかに、他学部生対象の、日本語の書き方を学ぶ実践講座、「日本語をみがく」も。日頃は、スペイン語とスペイン・ラテンアメリカ文学の研究、それに翻訳の仕事にいそしむ。

翻訳から伸びる不思議な連鎖の糸

 永年、こつこつと進めてきた翻訳を本のかたちで出すことには、何物にも代えがたい喜びがある。まして本来は、編集者や装訂家の仕事である造本まで任されたとなると、これはもう訳者冥利につきるというほかないであろう。一冊の本すべてがおのれの好みで埋めつくされることになるのだから。
 ゆくりなくも装訂を手がけることになったのは、キューバの作家アレッホ・カルペンティエールが黒人の魔術的な世界を描いた小説『エクエ・ヤンバ・オー』(吹田 関西大学出版部 2002・3・31)を出したときである。そのあと、スペインの鬼才ラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナの短詩型の散文作品集『グレゲリーア抄』(同前 2007・3・13)、さらに艶笑小咄集『乳房抄』(同前 2008・3・27)と続いた。結局、三度にわたって、割りつけ、デザイン、惹句、書体などを考え出し、あれこれ工夫を重ねる機会に恵まれた。

『グレゲリーア抄』の表紙カヴァー

『乳房抄』の表紙カヴァー

 『グレゲリーア抄』の表紙カヴァーには当初、悠悠とパイプを吹かしている作者ラモンを描いたカリカチュアを使うつもりだったが、急遽、入れ替えをおこなった。若き日にパリで立体派画家としてピカソの向こうを張った、メキシコ人ディエゴ・リベーラ作の「ラモンの肖像」を採用したのである。一方、『乳房抄』には、上品なエロティシズムを漂わせた、モディリアーニ作の裸婦像デッサンを配することにした。
 リベーラとモディリアーニの絵が相継いでラモンの作品を飾ったのは、まったくの偶然にすぎない。こう言えば、にわか装訂者は美術通でないことがバレてしまったも同然だけれど、まさか、メキシコからパリにやってきたリベーラが、モディリアーニの家に転がりこみ、一時アトリエを共有しあった仲であるばかりか、飲み友だちだったとは思いも染めなかった。
 さらに不思議な連鎖の糸は伸びてゆく。『乳房抄』が出てから数カ月後、姫路市立美術館と大阪・中之島の国際国立美術館で、先を争うようにモディリアーニ展が開催されたのである。そして、後者の展示物には、小品ながらリベーラをモチーフにした青鉛筆画が含まれていた。リベーラの巨体が画面からあふれ出しそうな圧倒的な存在感で迫ってくる、黒と青の色が印象的な、あの傑作の全身像でなかったのはかえすがえすも残念だが、出かけた甲斐はあった。しかも、スペイン亡命中にラモンと親交を深めた、マリー・ローランサンと目される、洗練されたパリジェンヌの、「女の肖像」にめぐり逢えたのは勿怪の幸いだった。
 翻訳から思いがけず装訂の仕事に取り組むうちに、リベーラやモディリアーニ、ひいてはマリー・ローランサンがあらわれる興味津津たる美術の世界に足を踏み入れることになった。このように視野が、文学からその周辺の分野にどこまでも広がってゆくのが翻訳の大きな愉しみであり、またむずかしい点なのかもしれない。

学生の皆さんへひと言

 自分の専門分野を一所懸命勉強するのは言うまでもないことですが、加えてそれ以外に何を学ぶかが大事です。本当の意味での教養を備えているかどうかは、それで決まります。
 外国語を学ぶのと同時並行で日本語をみがいてください。しっかりした日本語の土台の上に、外国語が乗っかっている恰好になれば、あなたの語学力は盤石と言っていいでしょう。