Interview no. 20

社会経済的格差がある中で助け合いが生まれる条件を探る

西﨑 勝彦
  • 池田 利基
  • Ikeda Toshiki
  • 関西大学 ソシオネットワーク戦略研究機構
    特別任用助教

Chapter 01

肌で感じていた助け合いの理論
収入・学歴と他人への親切さの関連性とは

人と人との助け合いは、いつ、どうして生まれるのでしょうか。経済的に余裕がある人ほど他人に親切にしやすいものでしょうか。

私は博士課程在学中から子ども・若者支援団体の事業の効果検証や分析に関わり、複雑な問題を抱え支援を必要とする人たちと多く接してきました。その中で、困難な状況にある人が同じような立場の人を気にかけたり、自分のできる範囲で誰かを支えようとしたりする姿を目にしました。「余裕のある人が助け、余裕のない人が助けられる」という一方向の構図では表せない何かがある。そんな支え合いの在り方に魅力を感じ、今の研究に身を投じました。経済的資源が限られた状況において、人が他者に親切さや協力行動を向ける条件を明らかにしたい、と考えたのです。

私が現在取り組んでいるのは、収入や学歴などで表される「社会経済的地位」という概念と、ボランティア活動をはじめとする他者への親切さや協力的な行動傾向などを示す「向社会性」との関係性の研究です。全国調査データを用いた既存研究では、裕福で高学歴な人々ほどボランティアや寄付を行いやすいということがわかっています。一方で、私が全国調査データを用いて分析を行ったところ、裕福でない人でも失業のリスクを感じている場合には、ボランティア活動に参加しやすくなる傾向が見えてきました。ふだんは収入や学歴の高い人ほど活動しやすいのですが、失業不安の高い層ではその差が見えにくくなります。これは職場という人間関係形成の場を失う不安から別のコミュニティを作り補完しようとする社会的なつながりを維持するための行動であり、特に裕福でない人に起こりやすい、と考察しました。心理学分野において、社会経済的地位の低い人は暴力や貧困などの危険やリスクのある環境で生活しており、他人と連帯する必要があるため他人に親切にしやすい、という理論もあります。そして世の中には、「経済的に厳しい状況にある人が、身近な人や同じ境遇にある人と身を寄せ合って助け合いながら生きている」というある種の理想があるのではないか。これまでの経験からも同様の実感を抱いていた私は、この考えを検証するため、「経済的資源を分ける際、家庭の収入が少ない人ほど自分と共通点のある相手により多くを分ける」という仮説を立て、実験を行いました。

Chapter 02

助け合いについての一般的な理想論を問い直すきっかけになったRISSでの実験

RISSには、長年蓄積された関西大学の学生を中心とする実験参加者プールがあり、人の行動を検証できる「経済実験室」があります。28台のパソコンが並ぶこの部屋では、対面での集団実験を実施できます。

親切さや協力行動は、アンケートで意識を尋ねるだけでは十分に捉えきれません。同じ条件下で「誰にどれだけ経済的資源を分けるのか」を実際の行動として直接観察できる環境は、とても貴重です。現場で生まれた問いを感覚だけで終わらせず、確かなデータとして検証できる点に、RISSで研究を行う大きな意義を感じています。

前述の実験では、まず参加者に10ポイント(1ポイント100円相当)を渡し、もう一人の参加者と自由に分けてもらいました。分配の比率は任意です。実験後に課題と役割を抽選し、分配する側に当たれば手元に残した分が、受け取る側に当たれば相手が分けてくれた分が、基本謝金に上乗せされます。仮想のやりとりではなく、実際にお金が動く決定です。ペアの相手が匿名の他人で、他の参加者のうちの誰かわからない状況では、概ね8対2など、自分に多く分配する人が多い結果になりました。これは「独裁者ゲーム」と呼ばれるスタンダードな経済実験です。ここに私が加えた要因が、「分配する相手の属性=共通点の有無」です。共通点を「絵画の好み」とし、好みの違いで2つのグループに分けます。そのうえで先述の独裁者ゲームを行ってもらい、相手が自分と同じグループかどうかで分配する金額が変わるのかを検証しました。

結果としては、自分と同じグループの相手には多く、違うグループの相手には少なく分ける、という傾向自体ははっきり出ました。しかし、その差の大きさが家庭の収入によって変わるかというと、そうした関係は見られませんでした。そもそも前提としていた社会経済的地位と向社会性の関連性も確認できず、先行研究の再現すらできないということが私自身は初めてで、強く印象に残る実験となりました。ただし、参加者が一つの大学の学生に限られるため、収入等の幅そのものが社会全体より狭いという課題点はあります。この結果は、単に予想が外れたというよりは、助け合いに関する一般的なナラティブについて実験データを通して見つめ直すきっかけになったと考えています。今後は分配相手との共通点や状況の切迫感など、条件をもう少し丁寧に切り分けて検討していきたいです。

Chapter 03

困難な状況にある人の支援の現場に、研究成果を還元していきたい

私が今まで関わってきた現場への直接的な還元というわけではありませんが、社会経済的地位と向社会性の関係を追究することで、NPO・企業等の寄付やボランティアの募集に役立てたいと考えています。収入や学歴などの違いに応じて、どのような条件で寄付が促されるのかを探ることで、寄付やボランティアを募る支援団体にとって有益なデータが得られるかもしれません。実験で得た知見が困難を抱える人々へのさらなる支援につながればと思っています。

また、生成AIの活用にも関心があり、研究を構想中です。大学生に身近な悩み(進路や人間関係など)を思い出してもらいAIと人間がそれぞれ励ます実験により、効果の違いを脳波計を用いて検証するというもの。現在、NPOなどが運営するチャット相談窓口にはメッセージが殺到しており、人手不足に陥っています。相談数が多くなる深夜の一次対応や、テキストから緊急度を判定するトリアージをAIが担い、支援が必要な人を専門職や専門機関へつなぐシステムの一助になれば、現場の課題解決につながる可能性があります。AIはあくまで対応の優先順位づけを補助する役割にとどめる、という前提で設計を考えています。さらに、対人不安が強い人にとっては、人間よりもAIの方がかえって安心して話せるかもしれない、という期待もあります。相談援助に関する人間の専門家をAIに置き換えるのではなく、あくまで専門家につなぐまでを支える役割として、誤情報や不適切な助言のリスクも踏まえつつ、安全に活用できる条件などを検討していくつもりです。そのために今後もRISSを大いに活用し、実験を重ね、研究を形にしていきたいと考えています。

Ikeda Toshiki

Interview no. 20

Profile

筑波大学大学院人間総合科学研究科感性認知脳科学専攻にて、博士(学術)を取得。博士課程在学中から、子どもや若者を支援するNPO法人、公益・一般社団法人のアウトカム評価に心理学の観点から関わり、実践現場と研究をつなぐ活動を行ってきた。その後、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構のPDを経て、2025年より同機構の特別任用助教。現在は、収入、学歴、育った家庭環境などの違いが、人の親切さや協力行動にどのように関わるのかを研究している。