Interview no. 15

湧き上がる好奇心とアイデアから生まれる研究

高橋 広雅
  • 高橋 広雅
  • Takahashi Hiromasa
  • 広島市立大学国際学部 教授

Chapter 01

実験から、人間行動の傾向が見えてくる

RISSでは様々な経済実験が行われています。とりわけ有名なのが「最後通牒ゲーム」や「独裁者ゲーム」といったゲーム理論を応用した実験です。「最後通牒ゲーム」の手順はいたってシンプルです。まず、2人の実験参加者をAとBに分け、Aは与えられた報酬の両者の取り分をBに提示できます。つぎに、Bは提示された取り分を受け入れるか拒否するかを選べます。ただし、Bが拒否すれば両者とも報酬は得られません。この実験では、理論の最適解に当てはまらない人間の興味深い心理を観察できます。仮にAが極端に不公平な提案をすると、Bは損をしてでも相手に利益を与えさせない行動に出ます。「独裁者ゲーム」は、先ほどの「最後通牒ゲーム」の派生版です。Bに拒否権がないゲームを指し、Aの行動に焦点を当てます。このように経済実験には、参加者の数や試行回数、実験条件などを変更した派生パターンがさまざまと考えられます。

私たちは、この「独裁者ゲーム」について、グループでの意思決定とゲームの繰り返しが人間の利己的な行動にどのような影響を与えるかを調べました。この実験では匿名性を担保するため、相談はチャットで行います。そして、グループを毎回組み直して3回繰り返します。すると、回数を経るごとに相手に渡す金額が減る傾向が見られました。特にグループの場合に顕著だったため、チャットを分析したところ「相手に渡す金額はゼロでいいんじゃないか」といった書き込みが、どんどん増えていったことがわかりました。最初は利己的な発言をしない人も、回数を重ねるごとに利己的になる傾向にあります。反対に、利他的な発言や行動は伝播していきませんでした。この結果をそのまま社会に投影することは短絡的ですが、人間の行動原理を示唆するものだといえます。

また、人の「参照行動」を明らかにしたいと考えています。参照行動とは、ある情報を参考にするとき、有益な情報が得られるとわかっていても、他人よりも親しい人からの意見を好んで聞く傾向にあるという仮説です。この仮説を検証するため、実験参加者を2つのグループに分け、グループ内で簡単な共同作業を行ってもらう実験を実施しました。結果は出ていますが、現在考察中です。皆さんは結果をどう予想されますか。

Chapter 02

プロセスを工夫して、現実社会の縮図を再現する

世代重複型の公共財実験を行う計画もしています。公共財とは、自分が投資したときに、その成果が自分のものになるだけではなく、他人にも利益があるというものです。「全員が協力すればベストな結果が得られるものの、他の人が出してくれるから、実は自分は協力しなくても得になる」という、いわゆる利己的な行動が見られます。公共財実験もよく行われる実験ですが、今回の実験で特徴的なのは「世代重複」という点です。例えば、4人で実施するときに2回続けて行いますが、2人ずつ置き換わってグループを毎回組み直します。これは、老若男女が協力し合って成立する現実の社会を再現しています。この実験では、報酬や罰則を入れることで皆が公共財を出し合うのではないかと予想しています。例えば、お年寄り世代が若い時に公共財を供給したかどうかを若い世代が確認でき、当時の貢献度合から罰を与えたり、褒めたたえたりするイメージです。世代重複でない実験では、罰があると公共財を出す傾向にあることは先行研究で明らかになっています。実験結果を簡単に一般化できるものではありませんが、制度や枠組みの改善などに役立てられるのではないかと考えています。

もちろん研究を社会に役立てることがモチベーションになることはすばらしいですが、私の場合は何よりも「面白い」ということが研究の原動力になります。プログラムを書くのが面白い。実験計画を立てるのが面白い。仮説通りの結果になって面白い。研究活動を通して、工夫したりひらめいたり議論することが楽しいです。

Chapter 03

「面白い」から前に進める

振り返れば、これまでの「面白い」の選択が、今の私を形作っているように思います。経済学に興味をもったきっかけは、大学2年生のミクロ経済学の授業でした。数学が社会科学の中で使えることを実感できて面白いと感じました。需要と供給の関係は中学校で習うと思いますが、なぜ需要曲線は右下がりになるのでしょうか。その答えは、一言でいえば「1個だけじゃなくてまんべんなく消費したい」という消費者行動の傾向があるからです。これを数学的に説明できる点に、当時感動したことを覚えています。その後、修士課程、博士課程に進んだ動機も経済の勉強が面白かったからです。当時、行動経済学や実験経済学という分野はなく、マクロ経済学の分野を専攻していました。

実験分野に足を踏み入れたきっかけが、現機構長の小川先生が広島市立大学に在籍された2005~2006年度でした。当時珍しかった実験を行う小川先生から手ほどきを受け、仮説を実際に確かめることができる実験に魅力を感じ、以後積極的に実験を行うようになりました。小川先生が立ち上げに携わっていたRISSの実験室を利用させていただき、現在に至ります。実験参加者プールが整備されており、手続きなどもシステマチックで実験しやすいことが、RISSのメリットです。また多くの研究者が所属しているため、共同研究が行いやすい環境です。

実験経済学・行動経済学を深めるにつれ、自身の考え方や行動自体も変化しました。学生時代は、「公共財は出さないのが一番いい」と思うタイプでしたが、行動経済学を勉強したおかげで協調性が育まれたことを実感しています。実験の多くを他の研究者の方々と共同で進めることができるので、柔軟な思考を得られたことはよかったです。これからも「面白い」を原動力に様々なアイデアを形にしていきます。

Takahashi Hiromasa

Interview no. 15

Profile

1995年、東北大学経済学部退学。2001年、東北大学大学院経済学研究科博士課程後期3年の課程修了。酒田短期大学講師、広島市立大学講師、同助教授、同准教授を経て、2017年より同教授。博士(経済学)。専門は「理論経済学」「実験経済学」。独裁者ゲーム、信頼ゲーム、公共財実験など主に社会規範に関係する経済実験を行っている。趣味はサッカー観戦で、広島を本拠地とするサンフレッチェ広島の大ファン。写真は、2024年2月に開業したホームスタジアムでの一枚。