Interview no. 14

無意識下の行動を可視化し、ビジネス価値を追求する

李 振
  • 李 振
  • Li Zhen
  • 関西大学商学部 准教授

Chapter 01

消費者が残したさまざまなデータを読み解き、購買行動への影響を探る

私は消費者行動の意思決定やマーケティングに関する分析をしています。分析に使用するデータは主に二つです。一つが、消費者が意図的にデジタルメディアに投稿したコメントや製品レビューなどのユーザー生成コンテンツ(User Generated Contents:UGC)です。もう一つが、消費者の行動によって予期せぬ形で生まれたデータです。ユーザー生成行動(User Generated Behavior:UGB)データといい、センサーやモバイルアプリなどから収集、分析することができます。

現在は、主にアイトラッキング(視線計測)を用いた実験を中心に、人間行動とその裏にある意思決定のプロセスを明らかにしています。以前行った研究では、店舗陳列と販促POPの組み合わせが消費者の購買意思決定に及ぼす影響について考察しました。「きれいなお店はどの商品を買いたいかすぐにわかるからPOPは必要なく、逆にごちゃごちゃしたお店にはPOPが必要だ」と予想しており、事前のアンケート調査でも同様の回答が大半でした。ところが、実際の実験結果は異なっていました。計測データから、雰囲気よりも低価格を重視する店舗では販促POPを設置することで注意が散漫になり、購買意欲も低下することがわかりました。一方、きれいな店舗では販促POPの設置による商品への注意力の向上が見られました。

他にも、時間帯と消費者の(不)健康な製品の購買の関連性について研究しました。このテーマを思いついたきっかけは妻の行動でした。彼女はきまって夜に「タピオカドリンクを注文してもいいか」と私に聞くので、「どうして日中じゃないのだろう」と思い、そこから「人間は夜にお菓子などの不健康な商品をよく買うのではないか」と発想を広げていきました。検証では、従来のPOSデータ解析や行動実験に加えて脳波測定を行い、日中と夜のセルフ・コントロール水準を数値で定量化しました。その結果、夜のセルフ・コントロールの低下がその時間帯に不健康な製品をより多く購入する原因となることがわかりました。さらに、アイトラッキング実験を通して、セルフ・コントロールが低下することによって不健康な製品に視覚的注意が向けられるようになり、健康的な製品には視覚的注意が弱まるという潜在的なメカニズムを解明できました。

身近な疑問から仮説を立て実験を通して検証していく過程で、特に無意識的な行動がもたらす結果は、予想と全く異なり驚かされることも多々あります。実験で観察された現象について理論から納得のいく説明を導き出せたときはとても達成感があります。

Chapter 02

研究の可能性を広げた二つの出合い

現在はマーケティングの研究をしていますが、大学時代は情報系の学部に所属していました。修士課程の指導教員はマーケティングを専門にしていて、大企業などと繋がりがありました。その教員を通じて、Eコマースのデータを分析することで社会の需要や市場の動向を把握し社会貢献できるのではないかと考え、マーケティングの勉強を始めました。これまで情報系を学んできた強みを活かして、Web上にあるクチコミなどのUGCデータを取得するプログラムを組み、消費者行動を分析しました。

博士論文では、「レビューは本当に必要?」ということを検証して、消費者は他人のクチコミにおけるポジティブな情報よりもネガティブな情報のほうが感情的な影響を持つことを明らかにしました。さらに、クチコミの効果はある一定以上になると、レビュー数が増加するとともに効果は減少する傾向にあることもわかりました。一時期、ある通販サイトでレビューを書いた人にプレゼントをする企画がありましたが、ある程度のレビュー数があれば、あえて増やす必要はないということです。

博士課程修了後は、本学のデータサイエンス研究センターで1年間ポスト・ドクトラル・フェロー(PD)として従事しました。このとき、当時センター長をされていた矢田勝俊先生(RISS研究員)からアイトラッキングを用いた研究を紹介していただいたことがきっかけでUGBデータを活用する研究に出合いました。研究プロジェクトへの参加を通じて、アイトラッキング実験の面白さに気づき、そこから私自身も取り組みはじめて現在の研究に至ります。

Chapter 03

時代の変化や消費者のニーズの変化に合わせて、研究もアップデートする

近年、消費者のニーズはより繊細なものとなり、認知や感情の変化などの目に見えない行動を捉えて市場活動に還元する重要性が増しています。こうした社会的背景を踏まえ、研究界・産業界から注目を集めているのが、ニューロマーケティングです。

UGBデータの分析がそれにあたるわけですが、新たに「匂い」と購買意欲の関連性についての研究を共同研究者とともに進めています。視覚だけでなく、聴覚や嗅覚といった五感も人間の行動に影響を及ぼす重要なファクターになりうるでしょう。実際に私たちは、売り場に香りの拡散器を設置して、売り上げや滞在時間などの変化を測定しています。焼き芋のコーナーには焼き芋の匂い、肉のコーナーには焼き肉の匂いというようにです。特定の商品というよりは店舗全体に与える影響を見ていこうと考え、次は実験室実験で詳細に関連性を確かめようとしています。

オリジナルの研究では、動画分析の手法を広げることを目標にしています。例えば、TikTokとYouTubeの動画は長さも作り方も違います。「時間が短いから喋るスピードを早口にしてよいのか」ということを明らかにしたいのですが、動画は静止画に比べて対象が変化する分、アイトラッキングの視野の設定や測定が非常に難しいです。そこで、脳波や心拍数といった他の計測技術を組み合わせたり、別の手法を開発することで、データを立体的に捉えてマーケティングに役立てたいと考えています。

次々と新しい技術や手法が確立される分野ですので、より本質的なビジネス価値を社会に提供できるよう、常に先を読み、好奇心を大切にしながら今後も研究に励みます。

Li Zhen

Interview no. 14

Profile

2015年神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。2015年4月より関西大学データサイエンス研究センターのポスト・ドクトラル・フェロー(PD)として大規模データに基づいた消費者行動を研究。2016年4月より東洋大学経営学部専任講師、准教授を経て、2022年4月から、関西大学商学部准教授。博士(商学)。専門分野はマーケティング・サイエンスとデジタル・マーケティング。主に、多様なデータを用いたマーケティング意思決定や消費者行動分析に関するモデリングと実証研究を行っている。最近は、感情と視線計測やニューロサイエンスに基づいた消費者行動、広告効果測定に関する研究に興味を持っている。