Interview no. 13

実験から人間の利他行動の背景を明らかにする

川村 哲也
  • 川村 哲也
  • Kawamura Tetsuya
  • 帝塚山大学経済経営学部 准教授

Chapter 01

実験室で観察し、実社会で検証する

私の専門は実験経済学で、おもに人の利他行動に焦点を当てた研究を行っています。利他行動とは、寄付やボランティアのように他人に利益を与える行動のことです。実験経済学の手法を用いて、人々が他者に対してどのような行動をとるのか、また、そうした行動を引き起こす要因を調査しています。

実験経済学では、大きく分けて「実験室実験」と「フィールド実験」の2種類があります。実験室実験は、理論の妥当性を検証するために、厳密にコントロールされた環境のなかで行われるゲームのような実験です。有名なものだと「独裁者ゲーム」や「囚人のジレンマ」などがあります。独裁者ゲームでは、参加者が「独裁者」と「受け取り人」にランダムに割り当てられ、独裁者がどれだけのお金を相手に分け与えるかによって、利他性や不平等回避性などその人がもつ利得に関する価値観を観察することができます。RISSで行う実験には、学生だけでなく高齢者も多く参加してくださいます。一般的に、おじいちゃんやおばあちゃんは優しいイメージがありますよね。でも、厳密にコントロールされた環境下での一貫したエビデンスがあるわけではないんです。年齢が上がるほど利他的になる傾向がある一方で、認知能力の衰えた結果として利他的にふるまっているように見えることもあります。実験室実験では、参加者の行動や意思決定の背景にある社会的選好と呼ばれる価値観が、年齢、性別、認知能力などといった参加者の属性とどのような関係にあるのかを明らかにすることができます。

また、実験室実験での知見を踏まえてフィールド実験と呼ばれる実験が実施されています。これは、社会実験とも言われ、実際の生活にさまざまな刺激を加えて人々の行動に与える影響を実証します。私は、クラウドファンディングを活用した研究を進めています。例えば、寄付に対して特典を提供したり、他人の寄付を目に見える形で示したり、条件を変えて効果的なインセンティブを探っています。寄付の場合は、相手を思いやる温かい気持ちから行われるため、お金を用いたアプローチは純粋な気持ちやモチベーションを損ねる可能性があります。親しい人に贈り物をするとき、相手がほしいものを選べるお金を渡すのが一見すると効率的に思えますが、このことに抵抗を覚える人も多いのではないかと思います。ほかにも、自己満足感や社会規範に応えることによる充実感、規範を逸脱することへの恐怖感など、寄付の背景には個人の複雑な動機が存在します。それらを考慮して制度を設計する必要があるのです。

Chapter 02

合理性では説明することが難しい人々の行動に興味をもった

もともと、自分を取り巻く社会という大きく複雑なシステムをどうにか理解したい気持ちから社会システムを取り扱う分野に魅力を感じていました。そのなかでも経済学は理論体系がきっちりしているので、一貫したものの見方で社会を捉えることができると考えました。ですが、いざ学んでみると、合理性を仮定することの難しさを痛感しました。日常生活を振り返ってみても、私たちはいつも筋の通った行動をしているとは限りません。それでも一見合理的な動機や行動基準がないように見える個人の行動も社会全体として見たときには何らかの秩序が存在する場合があります。こうした人間の意思決定と社会の複雑な関係を紐解きたいと思い、進化経済学のゼミに入り、合理性を仮定しない個人観に立つアプローチを学んでいました。同時期、ダニエル・カーネマンとバーノン・スミスがノーベル経済学賞を受賞して、行動経済学や実験経済学が世間から大きな注目を集めました。これに強く興味をひかれ、ゼミの先輩が行っていた経済実験に参加しました。やはり、実験参加者は必ずしも合理的と言えないような行動をとるんですね。こうした一見合理的ではない行動をいかにして理論的に説明するか、そこに面白さを見出しました。数々の実験を通して実際に人々の行動を見るうちに、損得を超えた人間の利他行動や助け合いの行動へとテーマを広げることになりました。

博士号を取った後、ゼミの先輩である現RISS機構長の小川先生とのつながりがあり、約3年間、ポスト・ドクトラル・フェロー(PD)として、RISSの経済実験センターの運営に参画しました。当時はセンターが設立されて間もない立ち上げ期で、実験参加者プールの拡大事業にも携わりました。大学の先生方に協力してもらい、授業の後学生に実験参加者募集のチラシを配ったり、ポスティング業者や自治体の広報担当の方に依頼することによって、実験に協力してくださる人を徐々に増やしていきました。その過程でRISSの研究者の方々と社会人実験を行ったり、全国に足を運んで遠隔地での実験室実験やフィールド実験を重ねることを通して、実験のノウハウも培うことができました。安定的に実験を行うための基盤を整備する大きな仕事に携われた経験は私にとって大きな財産です。今では、RISSの実験参加者プールも拡大し、さまざまな実験を行うことができています。

Chapter 03

個人の自由意思を尊重した仕掛けをデザインする

クラウドファンディングやふるさと納税は、今ではすっかり世の中に定着していますが、エビデンスがないまま経験的に進められているところも多いと思います。フィールド実験では、実際のデータを分析してインセンティブに関わる条件を検証できるので、より効率的な方法を提示できるのではないかと考えています。ただし、こうした利他行動を促す制度を考える際には、倫理的な観点から注意しなければならないこともあります。例えば、人々の行動変容を促す「ナッジ」と呼ばれる仕掛けは、無意識下で働くことがあり、本人の意思とは異なる選択を促す可能性があります。例えば、デフォルトの状態が「寄付する」になっていて、「寄付しない」という選択も示されているけれど、注意深く読まないとその選択に気づかないようになっているようなものです。こうした制度設計は、個人の選択の自由や自律性を脅かしているとも考えられます。寄付が増えること自体は社会にとってよいことかもしれませんが、寄付を暗に強要するような誘導は倫理的に考えると好ましくないですよね。

これまでは、効果や効率を重視してきましたが、こうした倫理的な側面も考慮する必要があると感じています。複雑な動機が絡む利他行動の背景を踏まえて、個人の自発性を大切にし、行動した本人と社会の両方の為になる仕掛けにつながる研究をしていきたいと考えています。

Kawamura Tetsuya

Interview no. 13

Profile

2004年、京都大学経済学部卒業。2009年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。大阪大学社会経済研究所特任研究員、京都大学経済学研究科研究員、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構ポスト・ドクトラル・フェローを経て、2023年から、帝塚山大学経済経営学部准教授。博士(経済学)。専攻分野は「実験経済学及び行動経済学」。主に、経済実験を用いて、利他行動や協力行動に影響するインセンティブや制度を検証している。