Interview no. 12

未来を描く社会シミュレーション

村田 忠彦
  • 村田 忠彦
  • Murata Tadahiko
  • 総合情報学部 総合情報学科 教授

Chapter 01

合成人口データを作成し、より現実に近いシミュレーションへ

私は現在、社会シミュレーションの研究とその基盤となる人口データの作成に取り組んでいます。学生時代は現在の研究分野とは少し異なり、工学・エンジニア系で人工知能の研究(最適化手法の開発や、二ューラルネットワーク、エージェント制御といった機械学習)を行っていました。社会シミュレーションを始めたきっかけとなったのは、ソシオネットワーク戦略研究機構の創設に尽力された鵜飼先生が、私の研究に関心を持ってくださり、「経済学と人工知能を融合した研究ができないか」と声をかけてくださったことです。総合情報学部には、経済学や政治学、社会学など多様な研究者が集まっており、これまで自分自身が行ってきた最適化の研究を活かし、さまざまな分野の研究者との共同研究を進められる可能性を感じました。

2005年、文部科学省の社会連携研究推進事業に応募をしたプロジェクトが採択され、2010年までの5年間、仮想空間の中での社会シミュレーションと、実際の空間を対象とした社会シミュレーションの二本立てで研究を進めていきました。仮想空間の中でのシミュレーションは、比較的簡単にモデルを組むことができますが、シミュレーション結果を現実に当てはめる際には高度な解釈が必要になります。これに対し、実空間のシミュレーションでは、対象地域でのアンケートや、人間の意思決定に関する実験室実験を行った上でシミュレーションのモデルを組むので、シミュレーション結果をより現実にあてはめやすいという特徴があります。当事業の目的は、このようなシミュレーションを行う上で、どのようなアンケートや実験室実験を行うべきかを探求することでした。しかし私たちは、当初の目的を達成することに加えて、新たにあるノウハウの必要性に気づくこともできたのです。それが「人口合成手法」でした。例えば、実際の投票行動のシミュレーションを行うときには、選挙が行われた地域の有権者の年齢などの情報が必要です。しかし、実際の人口データ(個票データ)は、統計法における個人情報保護の観点から、簡単に利用することはできません。そこで、5年に一度行われる国勢調査の結果に基づき、個人情報を排除した人工的な個票データとして、高槻市の合成人口データを作成し、この地域にはどういう世帯の人たちがどんな風に住んでいるのか、といったことを分析しました。さらに吹田市を対象にした医療や日本全国の年金のシミュレーションにも取り組みました。年金の方は100分の1スケールで日本全国の世帯構成を考えたシミュレーションを展開しました。これらの経験から日本全国の自治体の1分の1の合成人口データがあれば、様々な地域のシミュレーションに取り組みやすくなることがわかりました。合成された世帯を地図上の建物に割り当てることでさらに使いやすいデータになり、この研究で計測自動制御学会から2019年度論文賞をいただくことができました。

人口合成手法を日本全国で展開すべく、2017年からスーパーコンピュータの共同利用プロジェクトを開始しました。スーパーコンピュータで計算することで、膨大なデータを短期間で処理することができるようになり、全国規模の合成人口データの作成が可能になりました。2020年の4月から、この合成人口データを使って経済学や医療の分野などに効果的に活用できるかどうかを研究しました。内閣府が主導するSIP2(戦略的イノベーション創造プログラム第2期)では、南海トラフ地震等の大規模災害に備え、被害地域にあたると予測される地域の人口データを提供し、災害時の救急医療における、医療関係者を派遣するシミュレーションに活用されています。また、内閣官房のCOVID-19 AIシミュレーションプロジェクトでは、感染者数の推移シミュレーションを行うチームに合成人口データを提供しました。シミュレーション結果が多角的に検討され、GOTOトラベルの続行の可否やワクチン接種計画などでも参考にされました。現在は、2020年11月から始まったJST(日本科学技術振興機構)の未来社会創造事業で人口合成手法の開発と利活用に関する共同研究を進めています。

Chapter 02

社会シミュレーションの可能性を拡げていく

2022年7月現在で公開している合成人口データは2015年の国勢調査をもとに作成されたものになります。次は、2020年の国勢調査をもとに新たな合成人口データを作る必要がありますが、すでに自分たちが提案した手法で作るデータとなりますので、どちらかといえば「研究」というよりも「作業」にあたります。これから取り組んでいくべきは、現状のデータに足りないものをプラスアルファで足していけるかどうかを検討するところにあります。これまでの合成人口データは、人々が住んでいる場所のデータ、いわゆる夜間人口のデータですが、昼間の情報があれば、さらに便利になります。合成人口データには、すでに個々の就業者が従業する産業の分類属性をつけていましたが、その属性と経済センサスの産業分類別事業所データを合成し、どこに働きに出ているのかを推定するデータを作成しました。この研究にも高い評価をいただき計測自動制御学会社会システム部会の研究会で優秀賞をいただくことができました。このデータを活用することで、今まで以上に緻密なシミュレーションが可能になるでしょう。

今後は、社会シミュレーションが今まで使用されていなかった分野への拡大をさらにめざしていきたいと考えています。例えば、新型コロナウイルスの件では、初めて社会シミュレーションが政策にも影響を与えました。政府のプロジェクトチームではGOTOトラベルの続行可否やワクチン接種の順番など、さまざまなシナリオを想定したシミュレーションをもとに、一つのモデルの結果で判断するのではなく、複数のモデルによるシミュレーション結果の中から共通項を見出しながら総合的に判断していきました。このような形で、実社会でも社会シミュレーションを正しく理解し、活用してほしいと考えています。ただ、社会シミュレーションは、天気予報と同じように「当たるか外れるか」という観点で判断されることがまだまだ多いのも事実です。人間の行動をもとにする社会シミュレーションは、予測を目的とするのではなく、シナリオを分析して社会や人々に行動の選択肢を提示するものです。天気については、短期的に私たちは介入することはできませんが、社会については、私たちの行動変容で将来が変わるので、予報が当たるか外れるかということと、社会シミュレーションの結果とは、まったく考え方が違います。今後も研究を続ける中で、社会シミュレーションの正しい活用方法を知ってもらい、世の中に広く受け入れてもらえるような活動を行っていきたいと思います。

将来的には、地球全体のシミュレーションを実現したいと考えています。そのためには、社会学や行動経済学の研究データをもとに国や文化の違いを反映して、シミュレーションのモデルに落とし込んでいく必要があります。昨今の新型コロナウイルス流行下での人々の行動は国ごとに大きく異なっていました。日本では罰則がないにもかかわらず、政府の言うことを守って行動自粛をしていましたが、欧米諸国だと罰則がないと多くの人は外出していました。こうした国際比較を行いながら研究を進めることができれば、国ごとのモデルを用いたシミュレーションが可能になるでしょう。

Chapter 03

分野を超えた共同研究を行うために

社会シミュレーションの利点は、実際には計測できないさまざまな状況を想定し、シミュレートした結果を確認できるところにあります。災害の社会実験は基本的には不可能で、避難訓練を実施するとしても、実際に浸水したり建物を倒したりすることはできません。こうしたことを計算機の中で試行して、被害を想定することができます。しかし、私自身は地震や感染症、医療、投票、年金のシミュレーションの専門家ではありません。専門家からアドバイスを受けながら、日々研究をブラッシュアップしています。社会シミュレーションでは、多彩なテーマの研究ができるのが魅力ですが、自分一人ではできません。多様なバックグラウンドを持つ方々とコラボレーションしながら、面白いことができないかという観点でいつも物事を見るようにしています。

総合情報学部には、さまざまな分野の先生が身近にいらっしゃるので、多様な共同研究の可能性があります。研究の世界では、研究分野によって研究業績の評価の仕方や重視するものが異なるため、お互いの習慣の違いを理解して共同研究していかなければなりません。これから異分野融合の分野で研究していこうと考えるなら、自分のベースとなる分野がすべてではないことを心に留めて研究することが大切です。また、アウトプットの部分だけではなく、同じテーマを研究する際にそれぞれの知見を持ち寄ってディスカッションすることもありますが、出自の研究分野が異なれば使う言葉も違ってきます。もちろん同じ意味で使われていることもありますが、自分が思っていることと少しニュアンスが異なる可能性もあります。時には、共同研究者の説明を自分の言葉で説明しなおすという地道な確認も必要になるでしょう。こうした言葉の解釈の確認は、異分野融合の研究において互いに違う言葉を使いながらも同じ方向を向いていることを確認できるので、とても重要です。他分野のインプット・アウトプットの仕方を尊重することも、共同研究を進めていく上では非常に大切だと思います。

Murata Tadahiko

Interview no. 12

Profile

1994年3月大阪府立大学工学部経営工学科、1996年3月同大学院工学研究科博士前期課程修了、1997年3月同博士後期課程修了。博士(工学)。関西大学総合情報学部教授。2005年から2010年、文部科学省私立大学社会連携推進事業の採択を受け、関西大学政策グリッドコンピューティング実験センター長。2010年から2011年、米国シカゴ大学Computational Institute客員研究員。現在、進化計算学会会長,IEEE Systems, Man, and Cybernetics Society副会長。社会シミュレーションの研究に従事。