Interview no. 11

個人と社会が同じ方向を向く未来のために

亀井 憲樹
  • 亀井 憲樹
  • Kamei Kenju
  • 慶應義塾大学経済学部 教授

Chapter 01

協力か、非協力か――社会・組織における人間行動を紐解く

社会・組織における協力問題や(社会的)ジレンマに関する幅広いトピックスについて経済実験を行い、経済仮説を検証する研究をしています。最近の代表的な研究として、RISSで行った経済実験が挙げられます。この実験では、人々の自己制御資源と社会的ジレンマでのフォーマルな罰則遂行の関係に着目しました。自己制御資源は心理学の用語ですが、何らかの誘惑がある状況において、利己的な行動を抑えるために必要な心理的資源のことを指します。フォーマルな罰則とは、規範を破ったメンバーに与える正式な制度を通じた罰則を指します。コミュニケーションやコンセンサスなどのインフォーマルな手段に基づく「制度に頼らない罰則」でジレンマを解消することが困難である場合に、正式な罰則制度を導入する必要があります。今回は公共財ゲームを使った実験を通じて、被験者の自己制御資源を摩耗させる場合・させない場合で条件分けをし、被験者がフォーマルな罰則を導入することができるとき、どのくらいの人が導入を好むのか考察しました。実験でのフォーカスは、フォーマルな罰則の導入の意思決定に自己制御資源がどう影響するかという点にです。実験の結果は、フォーマルな罰則に対する被験者の選好が、自己制御資源が摩耗している場合に強く表れるというものでした。これは、経済理論におけるセルフ・コントロールの理論(コミットメントの理論)と整合的です。この理論は、意思決定をする際に誘惑のある選択肢があると、人は自制をする必要があるため、自身に心理的なコストを負うというものです。従って人は、心理的なコストを避けるために、誘惑のある選択肢を事前に排除する選好を持つとこの理論は提案します。今回の場合、非協力的に振る舞った場合に強い罰則が科されるルールを導入することで、自身の中で「非協力的な行動をとる」という選択肢を事前に省いていることになります。

他にも、協力・ジレンマの観点から企業・組織に焦点を当て、チーム単位の生産活動におけるモラル・ハザード行動(さぼり)についての研究も行っています。2022年4月末に「Management Science」に受理された最新の研究では、雇用者によるタスクの割り振りの問題を研究しました。『リアル・エフォートタスク』をもとにデザインした実験で、被験者には、算数のスキルが必要な「足し算」タスクか、労働集約的な「ゼロを数える」タスクのどちらかに取り組んでもらいました。労働者のタスク選好とタスクの割り振りの間のミスマッチングがパフォーマンスに与える影響を分析した結果、モラル・ハザード行動は、タスクの内容に関わらず、自身が望んでいない「やらされ仕事」に取り組む場合に多く現れることを示しました。

Chapter 02

経済実験の醍醐味――理論との不一致から迫る、人間の真理

経済実験研究では、自己制御資源とフォーマルな罰則の関係の研究のように、理論と一致する結果が得られることもあれば、一致しない実験結果が出ることもあります。理論との乖離について、私の研究から例を一つ挙げると、社会的ジレンマにおいてフォーマルな罰則を導入する際の手続きに関する研究があります。社会・組織において罰則制度がトップダウン的に与えられる場合と、民主的な多数決によってメンバーの合意の上で導入される場合とで、人々の行動を比較する実験を行いました。経済理論上は、どちらの手続きで制度が導入されてもゲーム構造は同一ですので、人々の行動は同じと予想されます。しかし実際には、人々の行動は導入のプロセスによって異なりました。民主的な手続きを踏んで罰則制度が導入された場合、人々はその制度をリスペクトし、ジレンマ下でも進んで協力をするという行動特性が示されたのです。これを私たちは「民主主義プレミアム」と呼んでいます。このように、実験結果と理論の間の乖離が生じた際、理論モデルや議論の過程をどう修正するのか、もしくはなぜ現実の人が標準的な経済理論の示唆と違う行動をとるのかについて分析を行い、人間の新たな真理に迫る点がこの学問の醍醐味だと感じています。

その他、私が思う実験経済学と行動経済学の魅力は、経済学の多様な分野にまたがる横断的な性質です。例えば、先ほどのモラル・ハザード行動のトピックは労働経済学、社会における罰則制度のトピックは公共経済学に当たります。経済学には多くの研究領域がありますが、経済学は人を扱う分野であるため、理論の検証や現実のデータが得られない場合、それらの多くの領域に実験経済学・行動経済学の手法を用いることができます。また、実験研究は理論的考察から実験の遂行・データ分析までプロジェクトとして全て行いますので、「経済学におけるオールラウンドプレーヤー」であることが求められます。研究者として、経済学についての広い視野を持つことが大切だと考えています。

Chapter 03

変わりゆく人・社会に向き合う――「今」に併走する研究を

経済学の中で実験経済学・行動経済学を選んだ理由を改めて振り返ると、人間と社会に対する純粋な興味が背景にあったのだと思います。日本での学部・大学院では社会基盤工学を専攻し、社会的インフラや地域計画等プランニングの研究をしており、当時から人間行動や個人によって形成される社会について関心がありました。現在の研究トピックスである人々の協力行動やジレンマの問題も、強く人・社会に密接しています。

人間と社会は、日々変化し続けるものです。その変化を追うべく、8年ほど前からオンライン市場での匿名なユーザー同士の経済取引やプラットフォームの評価についても研究を行っています。オンライン市場では顔も名前も知らない相手と経済取引をしますが、仮に売り手が利己的な行動をとれば、信頼関係が崩れ取引は成立しません。ジレンマを乗り越え信頼・協力関係を築き経済取引が成立する仕組みや構造を解明するために、例えば評点システム(レビュー・システム)の機能を経済実験によって分析しました。経済実験によると、ゴシップは主に悪い取引をしたユーザーにより流されることが分かりました。また、繰り返しゲームを用いた実験を通じて、市場での協力規範伝播にゴシップや評判情報が行動変容に機能する条件についても考察しました。その結果、ゴシップ・評判情報を蓄積するプラットフォームがあることが協力醸成に重要であるとも分かりました。

変化が大きい現代においては、次々と新たな取引形態が生じ、新たなジレンマが生じることでしょう。その一つひとつに着目し、常に変化する人間の真理をアップデートしていきたいと思っています。

社会的ジレンマは、新型コロナウイルスの感染拡大防止のための自粛行動や、環境問題を解決するための行動変容など、近年の社会問題を解決する上でも欠かせない問題です。今後も人々が共存し、持続可能な社会の実現を目指す過程において大きな意義を持つ研究テーマであると考えています。時代における人間の変化を見つめ、一つでも多くの社会的ジレンマ問題の解決に取り組んでいく所存です。

Kamei Kenju

Interview no. 11

Profile

2000年、東京大学工学部卒業。2002年、東京大学大学院工学系研究科修了後、経済産業省に入省。2006年に渡米し、2007年、ブラウン大学経済学修士課程修了。2011年ブラウン大学経済学PhD(博士号)取得。米デロイトエコノミスト、米ボーリング・グリーン州立大学経済学部助教授、英ダラム大学ビジネススクール准教授(経済学)・実験研究センター長を経て、2022年より慶應義塾大学経済学部教授。博士(経済学)。専攻分野は実験・行動経済学、公共経済学、ビジネス経済学。人々の協力問題や社会的ジレンマ問題を軸に、多岐にわたる経済仮説について経済実験を行っている。