Interview no. 10

センサーデバイスを活用した消費者の購買行動の分析

小林 創
  • 石橋 健
  • Ishibashi Ken
  • 兵庫県立大学 社会情報科学部 助教

Chapter 01

アイトラッキング技術を活用した新しい研究分野との出合い

今、私が主に取り組んでいる研究テーマは、スーパ―マーケットでの消費者の購買行動についての分析です。特に、消費者がどこを見て売り場や商品を選んでいるのか、という消費者の視点に焦点をあてた調査や実験を行っています。実験開始当初は、学生にも協力してもらい、実験室で実際の商品を棚に並べて実験を行ったこともあるのですが、協力企業から提供された実験対象商品が季節限定の新商品などの場合、全く見たことがない商品ばかりで選ぶことができなかった、という意見も多数見受けられました。調査や実験を行う上でも、実際の現場と結びついていない対象者では、正確な結果を得ることができなかったのです。日々、さまざまな調査や実験を行ってデータを収集していますが、まだまだ分からないことが多いのも事実です。

元々、学生時代は機械学習などのアルゴリズムの理論とその応用について学びました。また、指導教員の専門が土木工学であったこともあり、橋梁維持管理に関するシミュレーションなどの研究にも取り組んできました。卒業後は、アイトラッキング(視線計測)の技術を活用し、スーパーマーケットの売り場における消費者の購買行動を調査するという、学生時代の研究テーマとは全く異なるプロジェクトの研究員として従事することになりました。アイトラッキングを活用した研究がまだまだ始まったばかりということもあり、そういう機会があるのならぜひ、ということで手を上げさせていただいたのが、この研究分野と出会うきっかけでした。アイトラッキングの機材からデータを取り出すだけでもプログラムを書く必要がありましたが、情報学部出身でプログラムの作成に慣れていたので、これは自分にもできる、と思って取り組んだ感じでしたね。

Chapter 02

視線はライフスタイルに大きく影響している

消費者の視線について考えると、まだデータから正確な検証ができたわけではありませんが、個人の生活やライフスタイルが大きく関係していると感じることは多々あります。例えば、ある企業と共同で行ったカタログ紙面の調査実験では、一般的に消費者の視線はz型に移動しているといわれていましたが、研究分野ではそういうことはあまりないという報告があります。しかし、自分たちが行ってきた実験においては、シチュエーションによっては視線がz型に移動する傾向があることを確認できました。例えばお盆のような特別なシチュエーションとは違い、普段通りの買い物であれば紙面のレイアウトはいつも同じようなものであり、紙面のレイアウトは視線がz型に移動することを想定してデザインされています。そして消費者が見るところは大体決まっているので、紙面をこういう流れで見て回ろう、という傾向ができています。このようなライフスタイルと結びついた視線というものを考えていくと、ある程度の規則性がある結果を得られることが分かってきました。主婦と学生であれば当然視線が異なりますが、同じ人物であっても、物を見るときのシチュエーションみたいなものが、視線に影響を与えていることは間違いありません。

視線以外には、店舗内での移動経路に関するデータを取っていますが、こちらは買い物時間の長さが商品購入に影響していることが分かってきています。長時間買い物をしていると疲れてきて自制する意識が薄れるため、衝動買いが起きやすくなるというデータがあります。普段の買い物だと衝動買いはあまり発生しませんが、一気に大量買いしようと思って長時間買い物を続けると、レジ横に置いてあるようなちょっとしたものをつい買ってしまうという訳です。また、この研究の中では、お店の外周をしっかり見て周る人と、中の通路に直接入って目的のものを買おうとする人に大きくグループ分けされます。外周を周る人の方があまり計画的に買い物に来ていないので衝動買いを仕掛けやすく、直接特定の売り場に行く人は計画を持って買い物に来ているので、あまりそういう影響を受けないという結果が出ています。

データサイエンス、人工知能、DXなど、データを扱う分野は言葉としては色々と流行っているように思いますが、現在の研究を通じて常々感じているのが、必要な情報をしっかりとデータから読み解き、そこから一早く傾向や課題を発見できるかどうかが今後ますます重要になってくると思います。同時に、データだけを見ていても分からないことが多すぎるというか、現場や人を知ることで見えてくることもありますので、データだけじゃないところにも意識して取り組んでもらいたいと思います。実際にデータを扱うというと、数学が得意でないといけないとか、高い技術力が必要だとか、データ分析は特別なことなんだ、という意識や抵抗感を持つ人も多いですが、実は、やるべきことをはじめに定めてデータと向き合い、一つずつ丁寧に積み重ねていけば、そんなに高度なことをしているわけではないということが分かると思います。

Chapter 03

センサーを使ったデータ収集と分析の方法論を確立し、他分野にも貢献していきたい

これからは、人の五感や人の習性みたいなところに焦点をあてた研究にも力を入れていきたいと考えています。例えば、人が集まっている店舗と集まっていない店舗であれば、何となく人が集まっている店舗の方に自然と目が行くという習性があるように、人を売り場に惹きつけるようなアクションを行えば、人の流れをコントロールできるのではないか、ということを考えています。最近、お店のBGMだけではなく、鈴が鳴って「総菜ができました」とか、「パンが焼けました」という音につられて自然と目が行ってしまうことが良くあります。大きな音が聞こえたり、焼き立てのパンの良い匂いがしたりとか、そういった五感に刺激するような形で人を惹きつけることができたらいいな、と思っています。最近はセンサーも発達し、そういうデータも取れるようになってきていますので、データを取りながら、人の五感に対してアクションをかけてうまくお客様の流れをコントロールできないか、研究を進めていきたいですね。

また、全然違う分野になりますが、共同研究という形で「防災」などにも取り組んでいます。避難訓練の時のデータを収集していますが、そのアプローチや方法論は消費者行動の分野で取り組んできたものと同じです。このように消費者行動という分野に限らず、実験でデータを集めて分析するというような枠組みを色々な分野に拡げていってうまく活用することができないかと考えています。特に、センサーデバイスを使ってデータを集めるという方法論はまだまだ確立されていませんので、スーパーマーケットの中での分析の仕方というものを、まずは他の分野にも応用し、さまざまな分野で貢献できるように、今後も研究を進めていきたいと考えています。

Ishibashi Ken

Interview no. 10

Profile

2014年関西大学大学院総合情報学研究科博士課程後期課程修了後、関西大学総合情報学部・ポスドク、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構データサイエンス研究センター・ポスドク、兵庫県立大学社会情報科学部・非常勤研究員を経て2020年から現職。関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構データサイエンスユニット・研究員。