Interview no. 09

安全で円滑な取引を可能にする評判形成

小林 創
  • 小林 創
  • Kobayashi Hajime
  • 関西大学経済学部経済学科産業・企業経済コース 教授

Chapter 01

「レビュー」はWeb上の取引を円滑にしているのか

私の研究テーマは「評判を形成するシステムと取引における信頼関係の構築」で、最近はAmazonのマーケットプレイスやメルカリといった個人も参加できる取引サービスにおけるレビューシステムが経済取引に与える影響について研究しています。昨今、「サクラ」と言われるような不正な書き込みが問題になるなど、レビューの信用性がどこまで担保されているのかについては疑問が残ります。そこで、レビューシステムは取引サービスにとって良い影響を与えているのか、あるいは工夫を加えることで取引の効率性を上げられるのか、といったことを検証しています。

具体的な工夫の例を2つ挙げます。1つ目は、プラットフォーム内で通用する取引通貨(メダル)を作り、良いと思う取引相手にそれを渡すというものです。メダル数によってレーティングするだけでなく、数が集まるとメダル自体にも価値が生まれるので他の取引にも利用できないかと構想しています。2つ目は、商品の購入時に取引相手の実際の取引記録を開示できる仕組みです。キャンセル率などのデータを見られるようにできれば、主観的な内容が入り込むレビューシステムとは異なり、客観的な判断に役立つのではないかと考えています。

先行研究によると、レビューシステムにより取引の効率性がなかなか向上しないことが分かっています。そこで、まずはレビューシステム以外の方策を検討しましたが、経済実験により簡略化したシステムを検証したところ、機能しないことが多いことが分かりました。次の方策としては、レビューシステム自体を改善する方向で検討しています。ただ、より詳細な情報を書き込めるようにすれば改善されるかといえば、そうでもないと理論的には言われています。「システムの効率性という点では5段階評価のみといった粗い情報を提供する方が良い」という仮説もあるため、その真偽を確かめる必要がありますが、こちらは検討段階です。以上のような試行錯誤をする中で、「サクラ」がいる可能性をモデル自体に組み込んだレビューシステムの形を模索しています。この研究がここ数年でようやく成果が出始めていますので、今後さらにさまざまな可能性を試し、将来的には企業との共同研究も視野に入れていきたいと考えています。

Chapter 02

歴史と比較することで取引システムの可能性を探る

先述の研究内容はWebサービスに関するため一見新しそうですが、実は古典的なテーマです。「取引システムにおける人間同士の関係性」はWebでもリアルでも同様であり、昔は知り合い同士のネットワークを通じて口コミの評判が広がっていたのが、Webを使うことでその広がり方が大きくなったということです。そのため、歴史をさかのぼることで上手い方策や他の角度からの解決策が見つかるのではないかと考えています。関西大学は大阪の大学ですから、例えば「江戸時代における堂島の市場での取引」などの日本の事例を見ても良いですし、海外の研究者と連携して他国の事例を探ることもできます。ある時代・地域に存在した取引システムと現在のさまざまな取引システムを比較するために経済実験を通して再現し、パフォーマンスを評価するという形で研究を進めています。

以上のような研究は、歴史分野などの他の分野の研究者と共同で行っています。研究者間での連携の面では、昔は独力で理論を作り上げる方も多くいらっしゃいましたが、現在は成果を出すスピード感が必要で、アメリカでのノーベル賞クラスの研究者でも共同研究が主流になっています。分野が広がるという意味では良いことですが、研究者の目線からすると競争がより激化していると感じており、研究競争の中で私たちも結果を出すべく、ある程度関心が近い研究者と協力しながらスピードを上げて取り組んでいるところです。自身の研究内容が分野として広がって良かったという気持ちもありつつ、成果を出すのがなかなか大変な状況になってきたという気持ちもあり、こういったジレンマは多くの研究者が抱えられているのではないでしょうか。

Chapter 03

比較歴史制度分析や先生方と出会い、現在の道に

大学院生の頃から「長期的な関係と評判形成」について研究していました。当時は、社会の文化や企業文化が経済パフォーマンスにも影響を与えると言われていました。私は学部生のときから、企業を含むコミュニティの中での文化のあり方と経済パフォーマンスとの関連に興味がありました。そして、そういった研究をするために大学院に進み、指導教官からはテーマに関連する論文を探してくるように言われ、たどり着いたのがスタンフォード大学のアブナー・グライフという経済学者の論文でした。グライフ先生 は、同じくスタンフォード大学にいらっしゃった青木昌彦先生という研究者とともに比較歴史制度分析という領域を立ち上げられた方です。比較歴史制度分析とは、歴史分析とゲーム理論(戦略的意思決定を分析する理論)を結びつけた研究領域です。

歴史分析の例としては、ひとつに地中海貿易のマグレブの商人が挙げられます。ユダヤ系のマグレブ商人には取引に関する文化がありました。遠隔貿易では行商人に貨幣を渡して商品購入を依頼することがありましたが、行商人は先に貨幣をもらうため、ねこばばしたりお釣りを返さなかったりすることも可能です。そのような不正を防ぐ仕組みとして、発覚した者を社会から排除する文化がありました。一方、その後に出てくるジェノヴァ商人の文化では、不正をした者は取引相手から拒絶されても社会から排除されることはなく、ある程度寛容でした。こういった文化のもとでは、不正を働くメリットを相対的に小さくするために商人の賃金が上がっていきます。また、不正を働いた者と社会との折り合いをつけるために私有財産や裁判といった制度の原型となるものが生まれ、資本主義の大元となりました。こういった史実とモデル分析を組み合わせることで、「文化的信念」が経済パフォーマンスにどういった影響を与えるのかを検証するのです。これはとても視野の広い研究だと感じ、博士課程の間に、比較歴史制度分析を企業文化の側面で応用する研究をしました。

また、「長期的な関係と信頼形成」という分野は多くの日本人研究者が活躍されている領域であり、大学院時代に東京大学の神取先生や松島先生、神戸大学におられた関口先生(現在は京都大学)といった方々との交流で大変刺激をいただいたことに感謝しています。私よりも若い世代の方にも大変優秀な研究者の方がいますので、触発されながら私も日々研究に励んでまいります。

Kobayashi Hajime

Interview no. 09

Profile

2002年、神戸大学博士課程 経営学研究科修了。大阪府立大学経済学部講師、同准教授、関西大学経済学部准教授を経て、2013年から関西大学経済学部教授。博士(経営学)。専攻分野は「ゲーム理論、ミクロ経済学、組織経済学、実験経済学」。長期的な関係と信頼形成に着目し、主にWeb上の取引サービスにおいて取引の効率性をあげるため、レビュー等の評判形成システムの検証や新たな方策の検討を進めている。