Interview no. 08

企業にサステナビリティ経営を促すための研究

木村 麻子
  • 木村 麻子
  • Kimura Asako
  • 関西大学商学部商学科会計専修 教授

Chapter 01

環境や人権への価値観が企業の意思決定に影響する

私は、経営を支援する会計である「管理会計」を専門に扱っています。予算制約や業績評価をどう設定するのかによって企業における部門や個人の意思決定が左右されますが、そこにSDGsやESG投資といった要素がどのように影響しているのかを主に研究しています。具体的にはサステナビリティを達成できるような経営、持続可能な経営をサポートできるような会計が研究対象です。企業が利益を上げるには、売上高を上げるかコストを下げるかしかありません。また、従来の経営者は「条例や法律で決まっているため環境に対する配慮はするが、基本的には環境よりも経済を優先する」という考え方が主流でした。その中で、どのようにして企業に環境や人権にも配慮をした経営を促すのか、がテーマのひとつです。

CSRやサステナビリティについては「組織の利益を犠牲にしてでも道徳的になすべきこと」と考える人々と「将来的に経済的な利益につながる」と考える人々に区分することがあります。どちらの価値観に立つかによって意思決定や行動が変わってくるのです。ある研究では、経済やビジネス、法律を学んだ経験がある、つまり資本主義をよく理解できている経営者の方が、「組織の利益を犠牲にしてでも道徳的になすべきこと」と考える経営者に比べ積極的にCSRやサステナビリティに投資するという結果が出ています。これは、環境に対して配慮すると企業の利益に結びつく、と前者は理解しているからです。しかし、倫理的な問題が引き起こされたときに、前者の経営者が義憤に駆られる傾向は弱いことも同研究では示されています。実際、私自身が国内で重ねているインタビュー調査でも、中小企業の社長で個人的にボランティアを行っている方が、自分の会社ではボランティアやSDGsに取り組むことには消極的といったことがあり、この研究結果は腑に落ちます。

Chapter 02

定性研究で得た知見を定量研究に活かす

これまでの研究としてはさまざまな会社に赴いてインタビューすることが主で、その結果をもとに企業を評価する定性研究をしていました。定性研究(インタビューを中心とした研究)は10年以上実施しています。国内をはじめ、中国や東南アジアなど日本企業の進出先にも伺いました。例えば、環境負荷を下げるにはどうすれば良いのか、といったことは実際に工場を拝見することでよく分かるケースも多く、現場でのインタビューを長らく研究の中心としてきました。

最近はインタビューで得た知見を活かし定量研究にも取り組んでいます。その中のひとつが企業の統合報告書やCSR報告書、サステナビリティ報告書の分析です。それらの巻頭に掲載されているプレジデントレターという社長メッセージのテキストを、日経225の225社分について10年間分収集し、トピックモデリングという手法でトピックを特定しています。これまでの企業インタビューの経験から専門的な言葉を機械学習でラベリングし、そのラベルによって文章の中でどういったトピックが出てくるのかを集めていきます。そして、トピックをいくつかのグループに分けて報告書全体でどういった傾向があるのかを見ていきます。その結果としては、2011年以降の数年間は震災に関する記述が多く、2015年以降は「CSR」が急激に減って「SDGs」に急激に置き換わりました。海外と比較すると日本ではSDGsがよりホットな話題として扱われていますが、環境やガバナンス関係のトピックがよく出ている割に人権に関する言葉は少ないようです。また、以前は企業間にトピックのばらつきがあるように見えましたが、ここ3年は急激に標準化が進んでいます。これについては、ESG投資が明らかに資金調達に影響を与えるため、環境・社会性・ガバナンスの3点について触れざるを得なくなったのでは、と私は解釈しています。

Chapter 03

新しいマーケットとしてのサステナビリティ

報告書の機械学習に先立って企業の報告書担当の方々にお話しをうかがいました。その中で印象に残っているのが「CSR報告書やサステナビリティ報告書の一番の読者は学生」ということです。私も日頃から学生と接していますが、学生のマインドが10年前、20年前とは大きく変わっていると感じます。就職先を探す際に、業績の良い大きい会社や安定している会社というだけではなく、社会貢献しているかどうかも判断基準にひとつになっています。学生が企業説明会でSDGsの取り組みに関する質問をする一方で、企業側のマインドが追い付いていないということもあるようです。最近は「エシカル就活」という言葉も出てきていますが、新しいマインドを持った学生が実際入社をするとギャップを感じて辞めてしまう事態も起こっています。こういったミスマッチをなくすためにもサステナビリティ経営に対する起業の理解を促進し、普及させていきたいと考えています。

国際会計基準審議会(IASB)を運営するIFRS財団が国際サステナビリティ報告基準を検討するタネのワーキンググループが立ち上がるなど、世界的にESGやサステナビリティという新しいマーケットや価値基準ができつつあります。EUでは、EUタクソノミー承認されましたが、その施行により投資が増えるという試算も出ています。このように企業は社会全体に対して配慮するべきという社会的要請がなされていますが、その一方で株主に対しては利益を上げることで期待に応える必要があります。実際、サステナビリティに熱心に取り組む企業はすでに多くあり、彼らの取り組みをその間の橋渡しをしたいという気持ちをもってこれからも研究に取り組んでいきます。

Kimura Asako

Interview no. 08

Profile

2003年、関西学院大学商学研究科単位取得満期退学。九州産業大学商学部専任講師、同准教授、関西大学商学部准教授を経て、2014年から関西大学商学部教授。博士(商学)。専攻分野は「管理会計」。企業インタビューなどの定性研究や機械学習による定量研究を行う中でサステナビリティ経営は企業に利益をもたらすものと捉え、その普及のためのさまざまな研究に取り組んでいる。