Interview no. 06

“人間らしい癖”を理論化し、ファイナンス分野に一石を投じる。

尾﨑 祐介
  • 尾﨑 祐介
  • Osaki Yusuke
  • 早稲田大学商学学術院 准教授    

Chapter 01

資産運用に影響を及ぼす、人間の非合理な部分

私の専門分野は行動ファイナンスで、「不確実性」や「時間」が金融・ファイナンスにおける意思決定にどのように関わるのかについて研究しています。例えば、現役世代にあまり貯蓄をしてこなかったため、定年退職後に生活水準が大幅に下がる、という現象が多くみられます。このような不確実性や時間が伴う意思決定には“人間らしい癖”のようなものが出ているのではないか、と考えています。従来の経済学では合理的な人間像を想定しているため、前述のような現象についてはうまく説明できません。そこで、合理的ではない“人間らしい癖”の部分を従来の理論に取り込むことで、より実際に近い意思決定モデルを構築できるのではないかと見込んでいます。この研究による成果が、金融機関における顧客へのコンサルティングといった場面で活用されて、個人のよりよい人生設計や企業のよりよい経営に貢献できると幸いです。

行動ファイナンス・行動経済学は比較的新しい分野で、日本では心理学出身と経済学出身の研究者が取り組んでいます。私は経済学出身で、もともとは理論的な分野を専攻していました。従来の経済学における理論的な枠組みに不確実性や時間といった要素を足して、どのような影響を及ぼすか、という視点から考察しています。心理学出身の研究者であれば、経済理論ベースではなく、経済活動を行う人の心理状態にフォーカスして研究されている方が多いでしょう。将来を担うのは、経済/心理といった区分も意識せず、どちらにもバイアスがかかっていない生粋の「行動ファイナンス・行動経済学の研究者」になるのではないでしょうか?

Chapter 02

経済実験によって心理的な特性を明らかに

私が大阪産業大学に准教授として着任した際の同僚が、現在RISSのユニット長を務める関西大学の小川一仁先生です。彼は経済実験によって、経済的な意思決定について検証を行っていました。彼と親しくなったことがきっかけで、理論中心の研究者だった私が経済実験を研究手法として用いるようになります。その後、小川先生が関西大学に移られてRISSを母体とする研究プロジェクト「経済実験センター(CEE)」を立ち上げられたので、RISSの設備で経済実験をさせてもらったり、実験する際には経済実験の専門家の方と意見交換させてもらったりと、様々に利用させてもらっています。

経済実験では、例えば次のような検証を行っています。経済学では「人間は利己的に行動する」と考えますが、実際は他の人を心配したり、自分だけが良い状況だと申し訳なく思ったりするものです。そういった実際の心の動きを確かめるための実験として、独裁者ゲームというものがあります。例えばAさんが1,000円持っている状況で、Bさんに何円か渡すことができる状況を作ります。従来の経済学では、Aさんは自分の利益が最大になるよう、1,000円を持ったままBさんには1円も渡さないはずだと考えます。しかし、実際に独裁者ゲームを行うと、多くの人が1,000円のうちの一部、200~300円や500円といった金額を渡すのです。この結果から、「人間は不平等を嫌う性質を持っている」ことが確かめられます。このように、心理的な特性を実験によって数値化して分析することで、従来の経済学とは異なる人間の行動モデルを浮かび上がらせることができます。

Chapter 03

行動ファイナンス分野で新たな理論を構築したい

大学生の頃に経済学や経営学を勉強する中で、より実務に近い内容を学びたいと思ってはじめたのがファイナンスの研究です。大学院に進んでからは、従来の経済学の枠組みでの「時間」や「リスク」の概念をファイナンスに応用する、という研究をしてきました。大学院修了後は、日本学術振興会の特別研究員(PD)としてオーストラリアのクイーンズランド大学へと留学。当時アドバイザーをしていただいた先生が行動経済学・行動ファイナンス分野での先駆的な研究者で、人間の心理面に着目されていました。その先生との関わりで、行動経済学・行動ファイナンス分野に初めて巡り合ったのです。現在の研究は、大学院生の頃に学んだ経済的な研究手法と、留学で触れた心理的な視点を掛け合わせた内容ですので、これまでの経験の集大成になっていると思います。

これからの研究としては、人間の感情や気持ちといった心理的な特性をモデル化し、そのモデルをもとに他の研究者と議論を重ね、理論化していきたいと構想しています。ファイナンス分野の学問では「人間は自分の感情を把握している」という前提がありますが、人間の気持ちはその状況になってみないと分からない、というのが本当のところだと考えています。人間が自らの感情を把握しているのであれば、株式や保険の売買で失敗しないはずです。そこで、「自分の感情が把握できていない」という人間の特性をモデル化し、そのモデルを実験によって検証して理論化していきたいと考えています。そうして構築したモデルや理論によって、金融や株式市場、保険といった分野の議論に新たな風を吹き込んでいけると嬉しいですね。

Osaki Yusuke

Interview no. 06

Profile

2000年、静岡大学人文学部経済学科卒業。2006年、大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員(PD)、京都大学大学院経済学研究科寄付講座准教授、大阪産業大学経済学部准教授を経て、2018年から、早稲田大学商学学術院准教授。博士(経済学)。専攻分野は「金融経済学、不確実性の経済学」。人間の心理的特性をふまえたファイナンスでの意思決定モデルを構築し、経済実験での実証をしながら理論化を進めている。