Interview no. 04

心理から経済へ。学際的な研究で可能性を拓く。

稲葉 美里
  • 稲葉 美里
  • Inaba Misato
  • 近畿大学経済学部経済学科 特任講師

Chapter 01

経済理論には当てはまらない「交換」の実態をつかむ

社会心理学を専門としながら、経済学にも近い研究テーマを扱っています。その一つが「モノの交換」についてです。交換には、金銭を介した経済的なものだけでなく、助け合いのような形の感情的なものもあります。前者は主に経済学、後者は主に心理学や人類学、社会学における研究対象です。そこで私と共同研究者のチームは両者の違いをはっきりと捉えるため、学生・一般の方を対象に、仮想的な交換状況を作っての実験や、アンケート調査を実施。依頼主が事前に対価を提示するかしないかによって、依頼された人の心情にどのような変化が生じるのかを調べました。その結果、事前に対価を提示するとビジネスライクな交換と感じられますが、事前提示なしで依頼後に対価を渡すと助け合いのように受け取られることがわかりました。そのうえ、少し時間を置いてから「この間のお礼です」と渡した方が、良い印象を持たれるという結果になりました。経済学では、「時間が経つほど商品価値が減るので、依頼を受けた人は早く報酬が欲しいと思うはずだ」と考えます。一方、助け合いの交換においては、少し遅れて報酬をもらった方が嬉しくなるため、経済学の理論とは別のメカニズムが働いていると考えられます。ここで心理学的な視点を取り入れると、依頼を受けた人は、依頼主が「返さないといけない」という義務感をしばらく持ってくれることに、好印象を抱くという説明がつきます。今後もさまざまな条件で実験やアンケート調査を行い、ビジネスライクな交換と、助け合いの交換との違いをより明確にしていきたいと思います。

Chapter 02

噂話や評判がグループに及ぼす影響とは

口コミサイトの存在など、評判を見聞きできることは日常生活において便利ですが、それが会社やサークルといった「グループ」をうまく回すための手段としても有効だと考えています。例えば会社であれば、「あの人はこの間仮病していたよ」といった噂話を好んでする社員がいるかもしれません。そういった噂話は、人間関係上は良くない面もありますが、グループにとってはある種の監視の目となり、「サボるとばれる」環境になるので、結果的にグループパフォーマンスが上がるのではないか、という仮説を立てています。さらに、社員同士で自治的な組織を作ることができれば、グループでの作業効率をより向上できるのでは、と考察しています。

上記の仮説を検証するため、学生や一般の方を募集した実験を、RISSの実験室で行いました。参加者全員を会社などの「グループ」と見立て、グループ内で共同作業をする中で誰がサボったかがわかる状況に置きました。そして、自治的な組織を作ることができる、というルールを設定。参加者が組織を作ることができるのかを検証しました。「組織には誰でも入れるが途中で脱退もできる」という形式です。この実験では主に2つの発見がありました。1つ目は、一人でも組織に不参加の人がいると、組織の参加者がその状況をとても嫌うこと。2つ目は、「一人でも組織に参加しない人がいると嫌だ」と主張する人がいることで、当初は興味が無かった人に参加を検討させる「引き込み効果」が発生すること。これらの結果をふまえ、怠けている人にイラっとするという負の感情が、グループパフォーマンスの向上につながることが分かりました。グループパフォーマンスを上げるには成果報酬型の給与という手段もありますが、一人ひとりに正当な評価を下すのは技術的に限界があります。そこで、もちろん人間関係上の問題は考慮すべきですが、社員による自治組織の構築は、会社全体の成果を上げる有用な手段になり得るのです。

Chapter 03

北海道から関西へ。縁あってこの環境に出会えました

北海道大学大学院での博士課程を修了する際、たまたまRISSのPD募集要項を見かけて応募しましたが、今思えば私がここに来られたのは大変幸運なことでした。RISSのようにしっかりした実験室があり、多くの学生を呼ぶことができる場所は日本ではなかなかありません。研究環境をオープンにしている点も珍しいことです。研究環境の整備は非常に大変なので、若い研究者が大学に就職できても、自分で整備するのは現実的ではありません。経済実験室をはじめ、恵まれた施設・設備にいつも感謝しています。

大学生の頃から、自分であれこれと考えるのが好きでした。あるとき、「社会がうまく回っているのがすごい。一人ひとりが自分の仕事をしているだけなのに、欲しいモノは届くし、大きい建物もできるし、道路もちゃんと通っている」と大学の先生に言うと、「それ面白いね」と褒めてくださり、「考えることを仕事にできるかもしれない」と思って研究者の道へ。実際にこの世界に足を踏み入れると、調査をして仮定を考え、データを集めて結論を出すというプロセスが楽しく、自分に合っていると感じました。大学から社会心理学を専攻しましたが、周りには学際的な研究をされている先生方が多かったため、私自身も学問分野を超えて研究をしたいと思うようになりました。もともと私の研究テーマが経済学と関連するのは分かっていましたが、RISSに来て経済学の先生方とお話しする中で、より自分の守備範囲を広げられて、ありがたく感じています。私が扱う学問分野の間に位置するような研究で得られた知見も、経済学専門の方が経済学の理論体系にどう組み込むかを考えてくださるかもしれません。2020年4月からは近畿大学経済学部へと着任しました。経済学部に行くということ自体が、研究分野をうまく展開できた証だと考えています。近畿大学にも経済学部のさまざまな先生方がいらっしゃるので、当面は経済学方面で研鑽を積んでいくつもりです。RISS研究員という形で、実験室を利用したり、ネットワークから入る情報を活用したりと今後もお世話になります。

Inaba Misato

Interview no. 04

Profile

2011年、北海道大学文学部卒業。2016年、北海道大学大学院文学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員DC1、関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構経済実験センター ポスト・ドクトラル・フェロー、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2020年から、近畿大学経済学部経済学科特任講師。博士(文学)。専攻分野は「社会心理学」。関西大学RISSでは、心の特性がモノの交換にどのような影響を与えているのか、評判やうわさ話がグループパフォーマンスの向上に寄与しうるのか、などのテーマで研究を行っている。