Interview no. 03

実験での人間行動を通じて、経済的意思決定を紐解く。

小川 一仁
  • 小川 一仁
  • Ogawa Kazuhito
  • 関西大学社会学部
    社会システムデザイン専攻
    教授

Chapter 01

出会いに導かれ、実験経済学の研究者に

高校時代は数学が得意で、社会の動きに興味を持っていたので経済学部に進みました。学部生時代は、経済実験といえば実社会で行うものと認識しており、例えば、現在問題になっている「一斉休業」のような現象は、社会への影響の広さや深さが事前には分からないため、簡単に実施するのは難しいと漠然と思っていました。

しかし、大学院生になると視野が広がりました。実験室というコントロールされた環境の中で、人間の経済的意思決定を調べる「実験経済学」の存在を知ったのです。人間の行動を通じて、経済理論が正しいかどうかを調べ、正しくない場合には理論を修正するといった過程に面白さを感じました。

私がいま大学教授として研究を続けていられるのは、人との出会いに恵まれていたからだと思います。大学に入った当時は研究者になるつもりはなかったのですが、ゼミの仲間に研究者志望の人が多く、彼らと関わっていくうちに研究の世界が楽しそうに感じて、自分も飛び込んでみたいと思うようになりました。

私の研究分野ではほとんどが共同研究のため、一人で研究を始めるのは難しいのですが、まさにそこにも出会いがありました。知り合った教授の方からプロジェクトの誘いを受けて参加しましたし、そうして築いた人間関係の中でお話をいただいて、関西大学に移ってきました。さまざまな人との良縁に導かれてここまでやってこられたと思います。

Chapter 02

経済理論はどこまで正しいのか?社会人で検証

2014年度~2018年度の5年間にわたり、文部科学省と本学の支援を得ながら、社会人の経済行動・意思決定を探る経済実験プロジェクトを行いました。実験にご協力いただいた社会人は、延べ3,363人にのぼります。そのうち、公表されている研究を紹介します。一つの研究では約400人に協力頂くので、RISSが所有する経済実験室のキャパシティ(28人)を考慮すると、14回の実験を行ったことになります。さまざまな実験を行っていますが、どのような実験だったかをひとつ説明します。非常に有名な、最後通牒ゲームという実験です。まず、2人ずつのペアを作ります。それぞれ、ペアがいることは知らされますが、誰とペアかは分かりません。ペアは役割Aという人と役割Bという人になります。役割Aの人は最初に実験者から2,000円を支給されます。役割Aの人はこの2,000円を役割Bの人に渡すことを提案します。役割Bの人はこの提案を受け入れることも、拒否することもできます。受け入れる場合は提案通りにお金が分けられます。拒否する場合は2人とも、一円ももらえません。

このようなゲームを社会人の被験者にやってもらうとどうなるでしょうか?結果は、社会人の合理的推論能力の高低や、利他的あるいは利己的な性格と関連があることが分かりました。特に、合理的推論能力との関連はこれまであまり指摘されていませんでした。すなわち、合理的な思考を持つ人が役割Aになった場合には、役割Bから提案を拒否されないために2,000円のうち、およそ半分の金額を提案します。一方、役割Bになった場合には、少し条件を追加する必要がありますが、低い提案額でも受け入れる傾向があります。

他にも公表準備中の結果があるのですが、そこでも、合理的推論能力の高い人は自分のおかれた状況をしっかり理解するため、どうすれば謝金が多くなるのかを考えた上で選択する傾向が得られています。ただし、この傾向は、合理的推論能力の高い人が経済理論の通りに行動することを示しているわけでも、かれらが非常に利己的であることを示しているわけでもありません。

また、年齢が高いと利他的になる傾向にあるため、意思決定に影響を与える場合があることも分かってきました。実際の社会では多様な人間関係があり、意思決定の場面もさまざまです。そこで実験では、ペアを固定したり毎回変更したり、ランダムに変更したりと、条件を変えてデータを取っています。今後発表する実験結果が、政策研究などへと応用されることを願っています。

Chapter 03

RISSという恵まれた環境を、広く活用してほしい

社会人を対象にした実験は、全国的に見ても珍しいと思います。7年ほど前からスタートしましたが、当時は全て手探りでした。どうやって参加者を募集するのか、実際に実験に参加してもらえるかどうか、実験内容を理解してくれるのか、何もかも分からない状態でした。そんな中で、社会人の意思決定について調べることは意味があると考え、根気よく実験プロジェクトを継続しました。現在は参加者を募集するノウハウや参加者プールが蓄積されており、問題なく実験を実施しています。日本で社会人の参加者プールを保有している研究組織は、RISS以外にはほとんどないでしょう。研究上の貴重な財産として、今後もさまざまな形で活かしていきます。

経済実験は、アンケートを取ったり、ゲームをしてもらってデータを取ったりと手間がかかりますし、謝金を払うため経費が多くかかるので、研究のハードルがとても高いのが現状です。大学院生や、博士号を取りたての若手研究者、小規模大学に所属する研究者は、まず参加者を集めるのが難しいでしょう。論文にまとめるレベルの実験には300~400人程度の規模が必要です。RISSは文部科学省の「共同利用・共同研究拠点」として認められており、その中心的な施設である経済実験室を活用できます。幸い、関西大学は千里山キャンパスだけで2万人を超える大学生がおり、社会人の参加者プールも確保しているため、環境がかなり整っています。「実験をしたくてもできない」方にもRISSの門戸は開かれています。設備をより充実させていき、これからも研究者業界に貢献していきたいと思います。

Ogawa Kazuhito

Interview no. 03

Profile

2000年、京都大学経済学部卒業。2005年、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC1、広島市立大学国際学部講師、大阪産業大学経済学部講師・准教授を経て、2011年、関西大学社会学部社会システムデザイン専攻准教授。2016年から、関西大学社会学部社会システムデザイン専攻教授。博士(経済学)。専攻分野は「実験経済学」「行動経済学」。関西大学RISSでは、社会人・高齢者の経済行動に関する実験を行い、共同研究を進めるとともに、経済実験環境の共同利用拠点化を実現し、研究環境の整備を推進している。