Interview no. 01

社会が抱える課題に、「なんとかしたい」の観点からアプローチ

渡邊 直樹
  • 渡邊 直樹
  • Watanabe Naoki
  • 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 准教授

Chapter 01

世界が大きく動いたとき、社会への興味が湧いた

大学では文学部に行くつもりでしたが、ちょうどその頃、世界が大きく動きました。中国では天安門事件が起こり、ドイツではベルリンの壁が崩壊し、米ソ対立を軸とする東西冷戦が終結しました。それらに関わることを実体験も含めて見聞きするうちに、(高校でいうところの)社会科の勉強でもしてみるかという気になって、経済学部に進みました。当時は消費税導入前後の時期でもあり、テレビや新聞などを通して触れる多くの論者の税に関する主張にはその基礎となる根拠が示されておらず、議論が噛み合っていないという印象を受けましたが、党首討論会においては、ある政党の党首だけがいくつかの計算結果を明示し、検証可能な「たたき台」を提示しているように思えました。今でこそそのようなプレゼンテーションは当たり前になってきましたが、そのたたき台に根拠(のようなもの)を与えているのはミクロ経済学らしいと聞いたので、その勉強を始めた次第です。当時はまだゲーム理論という科目名の講義は日本では極めて少なかったので、授業を通してというわけではなく、30歳を過ぎたばかりの若いアメリカ帰りの先生のゼミで、最先端のミクロ経済学として、ゲーム理論の入り口付近に立つことになりました。ゲーム理論を勉強するには数学を使うことがどうしても多くなりますが、小学生の頃から今に至るまで、私は数学が苦手です。それでも、定理として表明される内容に魅力を感じることができるならば、数学とはとりあえずお付き合いしておいても良いと思っています。

Chapter 02

社会人の実験参加者のサポートを
大きな強みに

研究対象は、ミクロ経済学を専門領域とする多くの研究者と同様に、大まかにいうと、財などの資源の割当問題です。2000年ごろまでの伝統的なミクロ経済学は実際に起きた経済現象をうまく説明するための理屈を考えることに重点を置いていました。しかし、たとえば、様々な家庭環境や事情を背景として、居住している学区の外にある小学校または中学校に通いたいという希望が少なからず出てくると、「どうなるか」ではなくて、「どうするか」という工学的な視点が必要となります。それが、この20年ほどのミクロ経済学の進展に見られる顕著な傾向です。そのような傾向を持つ理論群は制度設計理論と呼ばれています。「どうするか」といっても、設計された制度やルールをその適用対象となる人たち押しつけるわけにはいかないでしょう。ひとの考え方は多様ですし、想定とは異なる行動を選択するひとも、もちろん、いるでしょう。このような状況において、理論的に望ましいとされる結果を導くにはどのような意思決定環境を整備する必要があるかを探るため、実際の状況を模した被験者実験を通じて、設計された制度の性能を実際の適用前に評価しておくことが重要になってきます。実験には、その実験目的にふさわしい属性や特徴を持つ人たちに参加してもらう必要があります。制度設計理論の実験では、国内外を問わず、被験者の多くは大学生なのですが、関西大学経済実験センター(CEE)には1000人を超える社会人の実験参加者から取得したデータが蓄積されており、たとえ大学生が被験者であったとしても、制度の適用対象となる社会人が持つ属性や特徴に合致した被験者による実験を実施することが可能です。この点が関西大学CEEの大きな強みとなっています。

Chapter 03

教え子のためにも、
実験室で得られた知見を実社会へ

日本では、欧米ほどには、制度設計理論の研究成果や被験者実験で得られた知見を実際に社会で生かすことができていません。欧米では、文系の学生であっても、博士号取得者の就職先の多くは企業であり、彼らは高度な専門的知識を身につけた人たちであるため、academiaにおける研究成果を実務に導入する際の壁があまり高くないのかと考えられますし、そのことが上述の状況を生み出しているのかもしれません。この状況は急には変えられませんが、学生が大学で一所懸命学んだ知識を卒業後の仕事でも生かせるようになると、勉強する意味もより明確になるのでしょう。関西大学RISSとの共同研究では、上述の学校選択に関する被験者実験や、医師を対象とするアンケート調査を実施しました。後者は2004年に導入された初期臨床研修マッチング制度が日本の医療体制に与えた影響を定量的に計測するための基礎データの取得を目的としています。初期臨床研修マッチングと学校選択とでは、表面上まったく異なる状況のように思えるかもしれませんが、理論上は非常によく似た構造を持っています。日本の医療体制に触れておくと、たとえば、現在、都市部と地方における医師の偏在が問題とされていますが、患者と医師、病院などにとってより良い制度づくりの一助となれば、大変喜ばしいです。

Watanabe Naoki

Interview no. 01

Profile

1994年、京都大学経済学部卒業。1999年、京都大学大学院経済学研究科博士課程所定単位取得。京都大学大学院経済学研究科・経済研究所COE研究員、一橋大学大学院経済学研究科講師、筑波大学システム情報系准教授を経て、2016年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授。Ph.D. in Economics (the State University of New York at Stony Brook, 2003)。専攻分野は「ゲーム理論」「ミクロ経済学」「経済実験」。関西大学RISSでは、関西大学経済実験センターを活用して、「被験者の状況認知力を考慮した学校選択」や、「初期臨床研修医のマッチング:医師のキャリアと日本の医療」についての実験を行い、共同研究を進めている。