特別研究

関西大学の知的ルーツ「泊園書院」の調査と研究

研究代表者 吾妻 重二 文学部・教授
研究概要 関西大学の知的ルーツ「泊園書院」の調査と研究 泊園書院が本学のルーツの一つを成すことはよく知られている。江戸時代の文政8 年(1825)、四国高松藩出身の藤澤東畡により大 阪淡路町に開かれた漢学塾・泊園書院は明治以後も隆盛し、東畡の子で第2代院主の藤澤南岳、南岳の子で第3代院主の藤澤黄鵠、黄鵠の弟で第4代院主の藤澤黄坡、さらに黄坡義弟の石濱純太郎らの努力により、昭和23 年(1948) まで120 年ほど続いた。
  とりわけ南岳は「通天閣」や森下「仁丹」、日本最初の町立幼稚園「愛珠幼稚園」の命名者としても知られ、東京に対抗する大阪の代表的文化人として一時代を築いた。南岳が東京帝国大学漢学科教授就任要請をあえて辞退したのは有名なエピソードである。 この間、泊園は多くの人材を輩出し、近代ジャーナリスト先駆者の岸田吟香、浪速銀行頭取 の永田仁助、日本大学初代学長の松岡康毅、英吉利法律学校(現中央大学)創立者の一人山田喜之助、尼崎紡績(現ユニチカ)の創業者福本元之助、台北帝国大学初代総長の幣原坦、武田薬品創業者の武田長兵衛らはいずれも泊園出身者である。
  本研究は江戸から明治・大正・昭和前期にかけて大阪の知的拠点であった泊園書院の学問や蔵書、教育、門人、著作、詩文、書簡等を調査・研究することを目的とする。これは近世・近代の大阪文化の解明に繫がるのみならず、江戸時代にまで遡る本学の学問的源流を明らかにし、再評価するための重要な作業となるはずである。
研究分担者 泊園書院址の碑 泊園書院(分院) 藪田  貫 文学部・教授
中谷 伸生 文学部・教授
陶  徳民 文学部・教授
藤田 髙夫 文学部・教授
長谷部 剛 文学部・教授
研究期間 1年間

研究成果概要

本研究は実質3カ月程度の実施期間であったが、次の成果をあげることができた。

1) 藤澤南岳・黄坡宛て書簡235 通(未整理分書簡no.133 ~ 167,313 ~ 512)を翻刻した。これは泊園文庫所蔵の書簡のほぼ半数にあたる分量である。

2) 藤澤東畡・南岳の著作のデータ入力を進めた。すなわち東畡撰『東畡先生文集』10 巻8 冊(木版本)、『南岳日記』01 および02(写本)、南岳編『七輯』3 冊(活字本)で、いずれも泊園書院の重要文献である。このうち『南岳日記』は南岳の全日記のうちの約三分の一に相当する。また南岳著『酔世九剤』1 冊(活字本)を陶教授の指示によりデータ入力した。

3) 論文・訳注としては印章の研究として吾妻重二「泊園文庫の新出印章と藤澤黄坡の印章について」を発表し、また長谷部剛「藤澤南岳と明治大阪詩壇(一)――妻鹿友樵の漢詩への添削について」を発表予定である。南岳門人・岡田松窓の漢詩集『松窓遺稿』については、本学非常勤講師・前原あやの氏の協力を得て吾妻がその訳注作成を進めた。

  • 南岳印章 1
  • 南岳印章 2

4) 門人の調査に関しては、本学大学院東アジア文化研究科博士課程後期課程・横山俊一郎氏の協力により、『登門録』『泊園書院同窓会名簿』などの資料を網羅的に調査して多数の泊園出身実業家を新たに見出した。

5) 泊園関連書画および古書の収集としては、中谷教授・長谷部教授の支援により南岳「二行書」(一軸)、「大阪画壇」(一巻)、南岳門人の下岡忠治書幅(一軸)、中井竹山『草茅危言』5 冊(木活字本)、雪堂上人自筆『琴譜新声』1 冊(写本)などの貴重書を収集した。

6) 藤田教授の協力のもと、自筆稿本群および印章に関し「WEB 泊園書院」コンテンツを充実させ、これをウェブ上に公開した。 これらはいずれも重要な整理・調査であり、今後の研究展開のための貴重な足がかりとなるものである。

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