コラム

第18回 2014/10/16

大阪の獅子舞

(公財)大阪市博物館協会学芸員/センター非常勤研究員
澤井 浩一

諏訪神社の獅子舞

諏訪神社の獅子舞

 テレビなどの影響もあり、全国的には獅子舞は正月のものというステレオタイプのイメージが流布されてしまったが、実際には四季の祭りに獅子舞は登場し、地域によって獅子舞で想起される季節感は異なる。大阪市内では、多くの人が獅子舞というと夏祭りがイメージし、多くの神社の夏祭りで、家々をお祓いしながら、道中囃子(馬鹿囃子)で獅子や傘踊りなどが巡行する風景が展開される。大阪の夏祭りの代表格である天神祭では、獅子舞は天神講獅子という講社が担っているが、明治期に再興された際に、藤井宗太夫という伊勢大神楽の親方が協力して獅子舞を奉納するようになったという。伊勢大神楽は獅子舞・放下芸・万歳の芸能を携えて、一年を通じて西日本各地を巡る宗教者集団だが、宗太夫の場合は大阪市内に拠点を持ち、市内を獅子舞で巡るほかに、獅子頭をレンタルして手広く収入を得ていたともいわれる大神楽師である。宗太夫の活動は史料も乏しく、検証の余地がまだまだあるが、大阪市内の祭りに与えた影響は大きいと思われる。

 一方、大阪府内では、秋祭りの獅子によく知られたものが多い。元禄時代の獅子頭が残される原田神社獅子神事(豊中市)、伊勢大神楽の影響を濃厚に残す西代神楽(河内長野市)、六斎系の獅子が出る高向神社の秋祭り(河内長野市)などがある。また能勢地方では、亥の子の行事のなかで子どもたちが桟俵で作った獅子で舞うことが行われた。伊勢大神楽は現在も秋に河内・泉州地域を巡っており、大阪府全体では獅子舞は秋の風物詩なのである。

 大阪市内にも、秋祭りの獅子舞は数カ所分布し、特にユニークな存在なのが、城東区の諏訪神社秋祭りの獅子舞である。獅子は2人立ちの獅子で、センマンとよばれる介添え役2人が付く。囃子方は太鼓、チャンポン、笛で、エキゾチックな雰囲気も感じさせる4つの曲目を踊りにあわせて演奏する。奉納される獅子舞は20~30分ほどのもので、ドウチュウ、カタマ(肩馬)、ハラガエシ、ブラブラ(後方へさがる)、セナガエシ、セオイブラブラで1曲が終わる。コウロ(猫のように丸くなり休む)、タッチョコ(逆立ち)、曲が変わってカマクビ、再び曲が変わりタチアガリ、カタクマ(肩車)と続く。見物人に飛び込むこともあり、豪快な舞が奉納される。

 獅子は、馬の毛で覆われた毛獅子で、播州地域に多い毛獅子が大阪市内にピンポイントで伝承されている点からも異色の存在である。獅子頭は、和紙を重ねて貼った上から漆を塗った一閑張り。社伝では、豊臣秀吉が小田原攻め戦勝に際して当社に奉納したとも、秀頼が慶長年間に奉納したとも伝えられ、村の西に雄「白豊号」、東に雌「白雲号」の獅子があったというが、明治18年(1885)の大水害で雄は流失した。獅子舞は第二次大戦から中絶していたが、諏訪神社保存会を結成し、昭和43年(1968)に復活させたものである。

 今年は大坂の陣400年、豊臣氏ゆかりの獅子舞にも注目してみたい。 

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