脳と心を探る─多様な研究アプローチ
竹内 理 教授

効果的な外国語学習法の研究

脳と心を探る─多様な研究アプローチ

外国語学習の過程をデータから探る

外国語学部

竹内 理 教授

Osamu Takeuchi

「英語は不得意だけど、何とかできませんか」、「どうすれば外国語を効果的に習得できるのですか」このような問いを口にする日本人は実に多い。これに対して、外国語学部の竹内 理 教授は、経験や感想からではなく、データから答えを提供しようとしている。脳活動の計測といった理系的手法と、心理学・教育学などを活用した文系的手法を縦横に織り交ぜ、竹内教授は、効果的な外国語学習法を長年にわたり探究しているのだ。

現地に行かなくても、外国語を習得すること自体は可能

外国語を習得するには現地に行って学ぶことが必要だ、とよく言われます。しかし私自身は若い頃から「果たしてこれは本当なのだろうか、海外に行かなくても外国語は習得できるのではないか」という疑問を抱いていました。この疑問こそが、英語教育学の研究者としての私の原点でした。
 「海外に行かなくても外国語は十分に学べる」という仮説を実証するには、まず、そのような事例を探さなくてはいけません。そこで、母国から出ることなく外国語を高度に習得した人たちの例を多数集め、インタビューや質問紙など色々な手法を駆使して、彼らの学習方法の共通点を探りました。すると、確かに共通項がありました。外国語学習成功者は、例外なく「自分の外国語能力のレベルを客観的に把握し、向上するために適切な目標を立て、実行し、どう上達したかを振り返り、そこからまた新たな計画を立て、学習を続ける」という自己調整学習のプロセスを踏んでいたのです。

外国に留学することの本当の意義

では、留学は必要ないということになるのですか?

「適切な学習法をとれば、日本にいても相当に高いレベルの英語(外国語)運用力を身につけることは可能である」。これが、私のこれまでの研究から得た結論です。しかし、その一方で、外国語学部では「Study Abroad」という学部独自の留学制度を導入しています。外国語学習が現地に行かなくてもできるのなら、なぜ必修で留学をさせるのでしょうか。
 私たちは、海外へ行けば外国語が簡単に学べるとか、ネイティブから学ばないと外国語は上達しないとか、そういった根拠のない理由で留学を必修にしているのではありません。実は、留学をしなければ手に入れられないものがあるがため、強く留学を推奨しているのです。それは「自信」、専門的な言葉で言えば「自己効力感」というものです。
 もちろん、留学を通して外国文化に実際に触れるということも、とても素晴らしいことですが、それ以上に、「私もやれば(外国語で)~ができる」という自信を留学先で身につけることが大切なのです。この自己効力感は、残念なことに、国内にいてはなかなか身につきません。なぜなら、外国語を使ってそれを感じるための機会が、圧倒的に不足しているからです。具体的な目的をしっかりと持ち、外国の人々と本格的に議論をする機会(表層的な英会話とは違う)が増えれば、「通じないかも」という不安が大幅に減り、「通じるぞ、もっとたくさん話そう」と外国語を使ってのコミュニケーション動機が高まります。すると次は「何をどんなふうに話そうか」と話す内容をよく考えて発信するようになります。こういった良い循環を生み出すために有効なのが、海外留学なのです。

THINK x FEEL x ACTを提唱

では、外国語教育に必要なものはなんでしょうか。

私は、関西大学の長期ビジョンに掲げる「考動」に一単語加えたTHINK x FEEL x ACTという概念を提唱しています。自ら考え目標を設定し、計画を立て実際に行動する。その中で、自分はできるのだと「感じる」ことが必要である、というわけです。悩み考えながらも、できるという感覚を得られる場を与えることで、学習、つまり行動は、さらに効果的になっていきます。
 また、多くの場合、留学すると「身につけた外国語の能力」に対する自信は、一度打ち砕かれます。しかし、現地で多くの人々と深く交流し、「できそうだ」と認識すると、失った自信が蘇り、より強くなることも最近の我々の研究から分かっています。経験を重ねるうちに、自らの能力をしっかりと認識し、その認識に裏打ちされた行動を行うことにより、成功体験が得られて自信がつくというわけです。ですから、経験が必要なのです。
 もう一つ、外国語の習得を目指す際には、「外国語を学んでこうなりたい」という理想像のイメージを明確に持つことも大切です。この理想のイメージをしっかりと持つ学習者は、不安が減り、動機が高まり、上達が早くなることも研究結果から分かっています。

異文化適応力を身につけるための外国語学習

一般に、最近の大学生には留学したがらない人が多いようですが。

外国語学部の学生など、外国語や海外の文化に強い憧れを抱くものを別にすれば、確かにそうですね。留学希望者や海外勤務希望者は減っており、外国語や外国文化は、今や憧れの対象ではなくなっています。現在の日本では、外国語学習は「嫌だが、せねばならない義務」になっているのです。ある調査で、全国の中学2年生に「嫌いな教科は」とアンケートを採ると、「英語」と答える子供が一番多いという結果が出ているほどですから。
 一方、自国の言葉ではなかなか有益な情報を得られない国の人々にとっては、外国語を学ぶことは知識の扉を開くための大切な機会であり、素晴らしい特権と考えられています。日本でも明治初期の頃は、欧米人の講師から学ばねば先端の知識や技術が得られませんでした。その時代、学生たちは懸命に英語やドイツ語などの外国語を学んでいたのです。

どうして現代の日本人に英語嫌いが多いのでしょうか?

これは一種の「先進国病」かもしれません。日本にいれば、非常に多くの有益な情報が日本語で入手できるので、外国語を学ばなくても事足りるのです。
 
 日本と同様、先進各国では、母語で重要な情報が入手できます。まして、米国や英国では、日本以上に母語で足りてしまいますから、「なぜ外国語を学ぶのか」という動機面が希薄になってしまうのは無理もないことです。つまり、何も日本人だけが外国語を学ぶのが嫌いなわけではないのですね。でも、外国語を学ばないと、異文化に対して不寛容になる恐れがあります。
 その結果、起こった悲劇が9.11の事件です。この象徴的な事件の後、「英語さえ知っていれば不自由しない」「外国語を学ぶ必要はもはやない」という考えは少なくなりました。さまざまな言葉や文化を知り、さまざまな経験を重ね、異なる文化や新しい出会いに適応していく力が必要だということを、欧米の言語教育の専門家たちも力説し始めています。日本も同じですね。

幅広いアプローチで外国語習得の最適方法を探る

最後に、現在の研究状況について教えて下さい。

私が最近採用しているアプローチは2つです。1つは、人が外国語を運用する際の脳の働きを可視化して解明しようとする「脳科学的アプローチ」。もう1つは、外国語を学ぶということを、情意、つまり気持ちや感情の動きとの関係から考える「心理学的アプローチ」です。
 脳科学的アプローチとしては、光トポグラフィという装置などを用いて、外国語(英語)の様々なテキストを音読する際に、脳のどの部分が活性化するのか、また、情報処理の負荷が外国語ではどれだけ増えるのかなどを、母語の場合と比較して研究しています。心理学的アプローチとしては、効果的な動機づけの方法や学習計画・方法を、自己調整学習という枠組みの中で探究しています。
 外国語学習の過程を数量化して分析し、証拠を示していく量的アプローチと、数量化できない部分をつぶさに拾い上げる質的アプローチ。この両方を使い、これからも外国語学習を実証的に調べ、そのデータを教材開発や教授・学習法の改善に生かしていきたい。これが目下の私の目標です。


  • 光トポグラフィ装置の計測・操作部分


  • 光トポグラフィ装置の頭部ホールダー(送光・受光器)部分