収蔵資料

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 明治36年(1903)11月、大阪市西区江戸堀の地にようやく待望の自前校舎を持つことができた関西法律学校ではあったが、それからわずか2年後、大阪市電(現在の四つ橋線)が敷設されるため、立ち退きを迫られることになった。
 そして大阪市と折衝を重ねた結果、新たな校地を北区上福島に定めて学舎の建築に取りかかった。新学舎は明治39年(1906)12月に完成し、年が明けた翌40年1月13日には新築落成式を兼ねて第18回卒業証書授与式が挙行された。
 ところで、江戸堀校舎と福島学舎の写真を見比べると、福島学舎本館の左側部分は窓のつくりや玄関の意匠などが江戸堀校舎とほとんど同じであることが分かる。つまり、江戸堀校舎を解体したあと、使える部材を福島学舎の建築資材として再利用したのである。現在、関西大学に江戸堀校舎の写真は1枚しか残っておらず、屋根の様子などはよく分からないのであるが、福島学舎から類推すると、三角形の飾り屋根が付いていたことが想像される。
 また、この写真にも写っているが、校舎のすぐ前を東海道本線が走っているため、蒸気機関車が轟音を立てて通り過ぎると、揺れと騒音で授業が中断することがあったとは当時の学生たちが語るところである。