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 大正13年(1924)から大正14年にかけての関西大学の帳簿類(「関西大学日計簿」「関西甲種商業学校日計簿」「関西大学食堂部金銭出納簿」「関西大学振替貯金受払簿」)である。
 これらの帳簿のうち、大正13年の日々の現金出納を記した「関西大学日計簿」の各項目には会計課主任であった野村(吉蔵)がチェックを行った認印が捺印されており、特に、7月31日の項には学歌の作曲者である山田耕筰に対し、給与費という名目で20円の謝礼が支払われた記録が残っている(三角赤印の行)。
 学歌は大正11年(1922)9月に制定され、翌12年(1923)2月22日には山田自ら学歌の歌い方を指導している。また、同年11月5日には千里山学舎第九教室で「音楽について」と題する講演(第19回「学の実化」講座)も行っている。この会計帳簿に記されているのは、さらにその翌年、本学の要請によって山田が歌う学歌をレコードに録音するため来学したことに対する謝礼である。山田のレコード録音については『千里山学報』22号(大正13年9月15日発行)にも記載があるが、具体的な日付は不明のままであった。この会計帳簿により、7月末ごろのことであったのが分かる。