築き上げた基盤をもとに飛躍的な知の創造を目指す ----KUMPの来し方行く末----【前編】
(2025年03月22日)

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充実した設備を追い風に醸成された自由な気風
大矢 関大メディカルポリマー(KUMP)プロジェクトは、2016年度、文部科学省「私立大学研究ブランディング事業*」に採択され、発足しました。これまで、関大発のメディカルポリマーを活用した医療器材の開発と実用化を目指し、関大の材料化学者と機械工学者、そして大阪医科大学の臨床医の先生方との「医工連携」を推し進めてきました。 動物実験設備や、最新鋭の蛍光顕微鏡やフローサイトメータなど、充実した共同利用設備を活用して、自由な発想で幅広い研究が展開されてきました。まだ実用化には至った例はありませんが、臨床応用につながるようなシーズや技術も数多く生み出されてきました。 KUMPはプロジェクトとしては2025年度に最終年度を迎えますが、KUMPを通じて生まれた研究開発体制や人のつながりは、今後、イノベーションを起こす土壌となるでしょう。今回は、これまで積み上げた成果をさらに発展させていくためにはどうすべきか、これまでについて振り返りつつ、KUMPで中堅・若手として重要な役割を果たしてこられた先生方と議論できればと思います。 まず、KUMPのこれまでを振り返ってみて、率直なご感想を教えていただけますか。
*学長のリーダーシップの下で推進される研究を通じた全学的な「ブランディング」に係る取り組みを支援するもの
柿木 私は2015年に関西大学に着任し、研究をスタートして間もない段階でKUMPに参画いたしました。私は化学と生物学の融合というアプローチからバイオマテリアルの開発に取り組んでいるのですが、KUMPのおかげで、前職の国立循環器病研究センター研究所で行なっていたバイオマテリアルの研究をスムーズに継続できました。中でも大きかったのは、動物実験の施設を利用できたことです。私の研究では動物実験は必須なので非常に助かりました。
葛谷 私も動物実験施設を利用できたのがとても有り難かったです。私はもともとの専門が化学で、機能性高分子としてのDNAの特性を主軸に、基礎寄りの研究をメインで行ってきました。KUMPに参画して、動物実験の設備があったからこそ、医療材料の研究開発という研究テーマに取り組むことができました。電子顕微鏡などの設備も充実していますし、非常に恵まれた環境を作っていただいたと思います。
岩崎 私はもともと東京医科歯科大学でバイオマテリアルを扱っていたので、KUMPは自分の研究テーマに非常にフィットしたプロジェクトで、自分にとっては渡りに船でした。ほとんど制約なく、充実した設備を使って自由に好きな研究をできたというのは大変有り難かったです。自由な発想が許される環境だからこそ生まれた成果もたくさんあるのではと思います。
しかし一方で、昨今のアカデミアを取り巻く状況を考えますと、こうした環境を維持することは、正直難しいだろうと思います。今後KUMPを発展的に継続していくためには、社会実装に向けての道筋を具体的に描き、共通のゴールを設定する必要があるでしょう。
河村 私は学位取得後、企業に就職したのですが、ドラッグデリバリーシステム(DDS)など医療に携わる研究がしたいと思い、アカデミアに戻ってきました。岩崎先生のおっしゃる通り、KUMPでは自由に研究できる環境は個人的には大変有り難かったのですが、ずっとこのままというのは、おそらく現実的ではないでしょう。さらなる飛躍に向けた具体的な議論を進める段階に差し掛かっていると思います。
柿木 バイオマテリアルの研究者がこれだけ一箇所に集まって、互いに協力し合う環境というのはかなり貴重だと思います。日本中を見渡しても、どんどんそういう環境がなくなる方向に進んでいますので、ある意味、今後KUMPの価値は上がっていくのではと思います。うまくこの組織は継続しつつ、この良い環境を医師の先生方や異分野の研究者にも活用してもらえる仕組みづくりが重要じゃないかなと思っています。
研究の幅を広げるきっかけとなった大阪医科薬科大学との連携
大矢 KUMPでは医工連携をキーワードとして掲げていますが、臨床医の先生方などとの連携という点ではいかがでしたか。
岩崎 私としては、大阪医科薬科大学の先生方との共同研究ができたのは、KUMPに参画した一番の収穫でした。大阪医科薬科大学との共同研究をきっかけに、骨粗鬆症の予防に向けた新たな高分子医薬の研究開発というテーマに新たに取り組むことができました。
柿木 私も着任早々から大阪医科薬科大学の先生方と共同研究できたことで、研究の幅が広がりました。現在は、人工血管や血小板を使ったドラッグデリバリーシステム(DDS)の研究などで幅広く連携させていただいています。
河村 私は今マイクロRNAを用いたDDSの研究に力を入れているのですが、この研究のきっかけは大阪医科薬科大学の先生との連携でした。共同研究をきっかけに大阪医科薬科大学での講義も担当させていただく機会もありました。これらはKUMPがあったからこそ生まれたご縁だと思います。
ですが一方で、連携先を大阪医科薬科大学だけに限定する必要はないと思います。KUMPに参加されているそれぞれの先生のコネクションも生かして、連携の輪を広げていければより発展性があるのではないでしょうか。
葛谷 河村先生のご意見に賛成です。私自身は実は大阪医科薬科大学とはあまり連携できませんでしたが、他大学の医学部の先生方との連携で研究の幅が広がりました。2大学連携に過度にこだわるのではなく、出口思考で最適なチーム構成を柔軟に考える方が成果に繋がりやすい気がします。
アカデミア発の技術を実用化につなげる難しさを痛感
大矢 KUMPで色々と有望な技術シーズが生まれた一方、実用化にはまだ到達できていません。どのあたりに障壁を感じていますか。
岩崎 今はKUMP内で非常に多様な研究が展開されていて、それ自体は素晴らしいことなのですが、実用化を見据えるならばもう少しターゲットを絞る必要があると感じます。また、どこを研究のゴールと考えるかは研究者によりますので、明確に目標を共有することも重要だと思います。自分は実用化を真剣に目指していても、共同研究相手は論文化がゴールだと考えているかもしれません。そのあたりの意識のすり合わせは意外とできていなかったかもしれません。
大矢 本気で実用化を目指すとなると、臨床研究の前の安全性試験など乗り越えるべきハードルは山のようにあります。『実用化まで持っていくんだ』という強い思いを持ってチーム一丸となって取り組む必要がありますね。そのためには、お医者さんを本気にさせるような技術を開発すると同時に、目的志向の枠組み作りも必要となるでしょう。
葛谷 医師と研究者だけでなく、企業も巻き込んでプロジェクトを回していければいいですね。企業であれば、出資を受けるためには実用化までの道筋を明確に描く必要がありますので、意気込みが違います。売り込みも非常に頑張ってくださいますので、うまく連携できればお互いの短所を補完し合うチームができると思います。
柿木 チーム構成に加え、どう連携をとっていくかも課題ですね。私としては、医学側ともっと日常的にコミュニケーションできる体制があるといいと感じました。医師の先生方が関大のラボに定期的に来ていただける仕組みができるとより密に連携できると思います。例えば、共同研究相手の医師の先生が関大で研究をして博士号を取得するというのも、一つのアイデアです。
▲展示会でのデモンストレーションの様子
医療応用以外の出口も模索
大矢 ここまで医療材料への応用を目指す前提で議論を進めてきましたが、医療材料だけにとらわれず、広い視野で出口戦略を考えることも重要だと思います。さらに踏み込んで言えば、応用にばかりとらわれすぎず、基礎研究として新しい学理を探求することがブレイクスルーを起こす近道になるかもしれません。医療材料以外の出口について、何かアイデアはありますか。
岩崎 やはり基礎研究が大学の研究室の本分かなと思いますので、私はあくまで基礎に軸足を置いて研究を進めてきました。今後も基礎重視の姿勢は変わりませんが、応用に向けたアイデアは色々と温めています。
医療以外ということですと、私たちの研究室では生体にやさしい材料を作ることが目標ですので、必然的に環境にもやさしい材料になってきます。たとえば生体の中で分解されやすいような材料は環境の中でも分解されますので、環境分野にも展開できる可能性があります。
河村 私の場合、双性イオンポリマーに着目して研究をしていまして、最近ポリエステルに双性イオンポリマーコーティング膜を形成することで、油を弾くプラスチックを作りました。この技術はいろんな分野の会社の方に興味を持っていただいています。
この技術もKUMPで取り組んできたバイオマテリアル系からの発展なんですけれど、環境系への応用は一つありうるかなと思っています。そして、油を弾くものでかつ生体適合性もある技術として確立していければ、最終的にはまた人工臓器など医療材料に戻ってくるみたいな展開もあるのかなと思っています。
柿木 私の場合、研究室も「医工学材料研究室」と名付けたくらいですから、もともと医療材料にかなりフォーカスしていて、他の用途と言われるとパッとは浮かばないというのが正直なところです。しかし、基礎研究という観点で言うと、人工血管の表面を機能化する方法は金属など全く異なる材料の表面修飾にも転用できますので、例えば、その手法を使ってマグネシウムに表面修飾を施して海洋中での分解抑制などに使える可能性はあるかなと思います。ただ、主にペプチドを使っていることもあり、直接医療材料以外の何かに転用できるというより、違う分野の方が私たちの研究から何か応用のヒントを見出してくれる可能性があるのではと期待しています。
葛谷 私は柿木先生とは完全に逆の立場で、もともとの専門が分子でロボットを作るとか、明確な応用先をイメージできないような分野からKUMPに入れていただいて、それをきっかけとして医療材料系のDNAゲル制作などを取り組むことができました。そもそも「この技術ってどういうところで役に立つのかな」と思いを馳せられるようになったということ自体、このプロジェクトに参加したおかげかなと思います。
大矢 必ずしも全ての研究者が基礎と実用化と両方やらなくてもいいと思うんですね。
アカデミアの私たちはしっかりと基礎研究をやって成果をキチンと論文として出していくことが大事です。その中で「これは」という技術が出てくれば、ベンチャーを立ち上げたり他の会社と連携したりして、実用化を目指した応用研究を進めていく流れを作れたら理想的だと思います。
【ポイント】
・動物実験施設など充実した設備と大阪医科薬科大学との連携を起点に、医療材料への応用を見据えた幅広い研究シーズが生まれた。
・医療材料以外の応用可能性のある技術も多数輩出。
・今後、社会実装に向けた取り組みを加速させるためには、基礎研究による地盤固めとあわせて、医学側や企業とのより密に連携を深めることが重要。
プロフィール
大矢 裕一(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授)
博士(工学)。専門分野は、生体材料学、高分子化学。岩﨑 泰彦(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授)
博士(工学)。専門分野は、医用高分子材料、生体材料学。
柿木 佐知朗(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授)
博士(工学)。専門分野は、蛋白質工学、医用材料学。
河村 暁文(化学生命工学部 化学・物質工学科 教授)
博士(工学)。専門分野は、高分子化学、医用高分子材料。