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「人に届く」関大メディカルポリマー(KUMP)、ペプチドハイドロゲルから見る次の展開

(2024年02月29日)

平野 義明教授は、ペプチドの特徴的な2次構造の一つであるβ-シート構造を利用して3次元集合体(自己組織化ペプチドハイドロゲル)を創出することに成功しました。このペプチドを医用材料分野で利用することを目指して2015年、大阪医科薬科大学の大槻 周平先生(医学部 整形外科学講師)との共同研究がスタートしました。日本の医工連携の歩みに新たな一歩が刻まれようとしています。

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ペプチドを「足場材料」として使いこなす

―まず、平野先生と大槻先生が共同研究し、2020年、特許を国際出願された「関節疾患治療用の医薬組成物及びその製造方法」の概要をお教えいただけますか。

平野 一言でいえばこの研究成果は、ペプチドハイドロゲルを「足場材料」として用いることで、従来よりも相当効果的に、損傷した半月板などの組織を再生・回復させる可能性を示したものです。

組織工学の分野では、細胞、成長因子、足場材料の3つの要素によって生体組織が再生すると考えられています。足場材料とは、細胞の接着、増殖、分化を促進するために用いられる材料です。有効な足場材料の条件としては、3次元構造体の形成可能性、生分解性、細胞接着性、さらに周囲の環境を模倣した力学的強度が求められます。このような条件を満たす足場材料として、現時点ではコラーゲンゲルやゼラチンゲルといった動物由来のタンパク質からなるハイドロゲルが使用されています。しかし、動物由来の材料は、ロット間での組成の違いや、再生医療などの医療応用を考えた場合に感染症のリスクが懸念されます。そこで、人工的に合成できるペプチドを足場材料として用いようと考えたわけです。

大槻 半月板は、膝関節の安定性と衝撃吸収に重要な役割を果たすクッションのような組織です。しかし、損傷状態によっては、治癒が困難な場合があります。特に半月板の内側の無血管ゾーンは、栄養を運ぶ血管が不足しているため、治癒がさらに困難となります。

私たちは半月板欠損ウサギを用いて、自己組織化ペプチドハイドロゲル足場が半月板の欠損部位に留まるかどうかをテストしました。その結果、ペプチドハイドロゲル足場が半月板病変を修復し、さらに半月板の修復と再生を促進する可能性があることが示されました。

―お二人が共同研究を始められたきっかけは何ですか。

平野 以前から「医工連携」で交流の深かった大阪医科薬科大学と本学とで、文部科学省の私立大学戦略的基盤形成支援事業に共同申請しようということになったのが始まりですね。

本学は大矢 裕一教授(先端科学技術推進機構・医工薬連携研究センター長)、大阪医科薬科大学は根本 慎太郎先生が中心になって研究テーマの絞り込みが行われ、私も2015年の秋、両先生の前でプレゼンさせていただきました。そして私がやっているような基礎研究に興味を持っておられ、医療用の素材や材料についても研究されているということで、大槻先生をご紹介いただいたわけです。

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大槻 私は大学院時代から膝の軟骨の研究に取り組んでいました。当時使っていた教科書には「軟骨や半月板は治らない、欠損したら切除術が治療の第一選択」と書かれていました。1743年、ウィリアム・ハンターというスコットランドの学者がそう書いて以来250年以上、それが自明のこととされていました。しかし本当に治らない組織なんてあるんだろうか、そんなわけない、という思いが私の研究の原点です。

その後、米国のスクリプス研究所で3年半、変形性膝関節症の病態と治療効果があるものの研究に従事しました。2011年に帰国し、大阪医科薬科大学病院で膝の手術などの臨床経験を積みました。同時に軟骨だけでなく、クッションの役割を果たす半月板の再生などにも興味を持ち、半月板の再生・修復を促進させるような方法についての探索を始めました。切除しないで治そうと思えば、それに相応しい基材が絶対に必要となります。そんな時、平野先生とお会いする機会をいただきました。

―ペプチドには、以前から関心を持っておられたのですか?

大槻 平野先生とお会いするまでペプチドについては、自己修復を促進する基材、といった程度の認識しか持っていませんでした。

平野 それは当然かも知れません。ペプチドは医薬品、化粧品、食品など幅広く用いられていますが、それを足場材料に使うというのは、今回の共同研究がなければ生まれなかったアイデアですよ。

大槻 正直に申し上げますと、最初にペプチドを触った時は、「これを足場材料にするのは、かなり難しいのでは...」と感じました。かなりサラッとしていましたから。軟骨や半月板は衝撃を吸収するので、かなりシビアな環境・状態の中での再生を強いられますし、足場材料にも高い粘弾性、型崩れしない性能が求められます。

しかし平野先生とディスカッションを重ね、先生が粘り強く改良を加えて下さったおかげで粘弾性も向上し、これならいける、という確信が持てるようになりました。平野先生が試行錯誤を重ねて、ペプチドハイドロゲルの力学的な強度や粘弾性の画期的な制御法を発見(1)されたことが突破口となり、半月板などの再生などについては、我々もノウハウを持ち合わせているので、今までの半月板損傷モデルに移植して、組織的・力学的な再生を見ていくという形で研究が進んでいきました。

平野 共同研究に取り組むまでは、我々は化学の世界で「自立するくらいの硬いゲルができた、強度が出た」ということで、ある程度満足していました。しかし医学の世界と交わることで、ゲルが柔らかすぎ、圧力をかけると横から染み出てしまう課題があるとか、具体的にこれだけの強度が必要という目標設定ができました。どう改良していくか、それが非常に面白いテーマになっていきましたね。

ペプチドは、研究分野のほとんどが薬やバイオなどの世界です。それを材料に使うというのは、ある意味「邪道」だったんです。それでもめげずにやって、今回のような成果が出せて、やっと学会でもペプチド材料というカテゴリーが認知されるようになってきました。

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異分野協働のカギはコミュニケーション

―工学と医学、異なる分野同士の共同研究で、戸惑ったこと、あるいは予想外の展開といったものはありましたか?

大槻 一般論ですが、他分野の先生と一緒に仕事をしようとする時に、相手がどこまで分かっていて、どこが分かっていないのかが分からない、ということがあります。また自分自身、よっぽど信頼関係ができてからでないと、「これが分かりません」と相手に言うのは、けっこう恥ずかしい。勇気がいるものです(笑)。

私が初めて、他分野の研究者と一緒にミッションに取り組んだのは留学時代のことです。(スクリプス研究所で)教授から、変形性関節症に対する、ある酵素の治療効果を確かめよ、そのためにケミストリーのグループに行ってこいと言われたんです。最初は大いに戸惑いました。ケミストリーの研究者たちの言っていることが、全然わからない。これは強烈な体験でしたね。幸い帰国後も、産学連携研究などに関わる機会がありましたし、今回の共同研究では、何といっても平野先生のお人柄のおかげで、うまくディスカッションができました。

平野 いや、コミュニケーションに関しては、大槻先生に負うところが大きかったですよ。大槻先生から、こういう問題があるんだよということをかみ砕いて話していただいたので、私の方も、こういう性質を出したらいいのかな、とイメージしやすかったです。お互い、専門用語をできるだけ使わないように努めつつ、それでも分からない時には、素直に「どういうことですか?」と聞けます。ざっくばらんに語り合える雰囲気が、今回の共同研究の成果につながったと思います。

大槻 お互いの研究室の学生たちも共同研究を通じて随分、親交を深めることができました。このことも共同研究の望外の副産物と言えるかも知れません。

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平野 そうですね。私の研究室の大学院生たちが、ペプチドハイドロゲル足場のサンプルを大槻先生のところに届け、手術(動物実験)のお手伝い・見学をさせてもらいました。さらに実験の成果を、当時医師で大学院生の奥野修大先生には、KUMPのプロジェクトで本学大学院生の研究指導でもご尽力頂きました。上記研究成果は、奥野修大先生との共著として学術雑誌(2)に公表されています。これは本学の大学院生たちには随分、励みになったようです。

もともと本学の理工系学部と大阪医科薬科大学は、2003年の協定締結から連携の歴史は長く、医工薬連環科学という工学系・医学系・薬学系3分野の先生が「相互乗り入れ」で行うリレー講義なども根付いています。それでも今回のように、工学と医学が「がっぷり四つ」に組んだプロジェクトに関われるチャンスは、そうそうあるものではありません。学生にとっても、医工連携を体感できる、またとない機会だったと思います。

広がり続けるペプチド医療応用の可能性

―お二人は、共同研究の成果を、今後どのように応用・発展させていくお考えですか?

大槻 平野先生の発明手法を用いれば、ペプチドの硬さや粘弾性を調整でき、またペプチドは体の中で色々な損傷部分の治癒促進の可能性を秘めています。たとえばPRP(多⾎⼩板⾎漿)療法に代わる新たな治療法への応用などが挙げられます。PRP療法とは、患者の血液から血中に含まれる成長因子を凝縮させてピッチャーの肘やサッカー選手の足首に注入する再生医療の手法です。ただし、手術を避けられるというメリットはありますが、血液にも個人差があるので、やってみないとわかりません。その点、ペプチドのようなケミカルな基材は、ばらつきが少なく、PRP療法のように血液採取の必要もありません。これを腱の修復に使えるのではと検討を始めているところです。他にも色々な領域、部位、たとえば縫合手術の傷にペプチドをかけておいたら、回復が早くなる(併用療法)。部位によって、ここは力がかかるところだから、粘弾性を高める。小さい関節だったら、少しサラリとした、染み渡りやすいものをなど、平野先生の発明手法によって、色々な体のニーズに応えられるのではと期待しています。

平野  私がペプチドを研究するようになったきっかけは大学時代、指導教授から「親方の真似はするな」と言われたことでした。配属された研究室の先生が、ポリ乳酸や生分解性の縫合糸など、高分子素材の医学応用を研究テーマにしておられて、面白いなと思いましたが、親方の真似はできないので、分子量の小さいペプチドを選んだ、というわけです。しかし指導教授の影響もあって、医学への応用ということは、ずっと頭に置いて研究を続けてきました。

工学系の研究、中でもケミストリーの分野で研究の成果が実用化され役立っているというのは、本当に一握りだと思います。論文だけで終わってしまう研究が大半な中、世の中に役立ちたいという工学者としての思いが実現する、その足掛かりを得られたことに感謝しています。これからも大槻先生と二人三脚で、ペプチドハイドロゲルの応用可能性を広げていけたらと願っています。