【関大社会安全学部 リレーコラム】大阪駅周辺に有効な津波防災を

最大で死者32万3千人という未曽有の被害が想定されている南海トラフ巨大地震。平成26年3月に、政府は今後10年で死者を8割減少させる減災目標を掲げ、防災対策を推進してきました。今年度末にその10年の節目が迫る中、現在政府はこれまでの対策の進捗(しんちょく)状況を確認し、被害想定の見直しや新たな対策に向けた検討を進めています。
最も多くの被害が見込まれているのは津波による死者で23万人。この被害を小さくしなければ、目標達成は不可能です。東日本大震災では堤防をはるかに越える高さの津波が市街地に氾濫し、被害を拡大させました。特にハザードマップで浸水が想定されていなかった地域での避難は極めて困難でした。
そこで将来の南海トラフ巨大地震に備え、科学的に想定し得る最大規模の津波を想定した津波ハザードマップが用意されました。これまでに津波の到来が想像もされていなかった地域で、津波防災が議論されるようになっています。1日250万人が行き交う西日本最大のターミナルであるJR大阪駅周辺の梅田エリアもその1つです。
大阪駅周辺は6つの地下街・地下道と54のビルが連結した複雑で大きな活動空間を形成しています。さらに大阪市内の各所と地下で連結され、5つの地下駅から乗り入れ可能となっています。新型コロナウイルス禍で減少していた外国人観光客や日本人観光客も戻りつつあります。また、通勤・通学で利用する京阪神エリアの市民、さらには地域住民が常に数万人規模で行き交っています。そこを津波が襲うと数千人単位で死者が増大する可能性があります。
揺れの恐怖から屋外退避を試みる外国人観光客、改札口に向かう帰宅困難者、津波避難のために建物上階を目指す人々という3つの異なる動きをする群衆同士がぶつかり合って、結果的にどの群衆も思うように身動きがとれない事態に陥る可能性があります。
このような事態を回避するためには、人々の移動を最小限にとどめなければなりません。偶然、そこに居合わせた人々が津波避難の必要性を察知したら、瞬時に周辺の建物の上階に避難できるような街づくりを進めることが有効だと考えられます。地上を行き交う観光客やビジネス客が気軽に入ることができる商業施設をビルの地上1階に増やしていければ、誰でもとっさに避難しやすい街になるのではないでしょうか。
(関西大学社会安全学部教授 奥村与志弘)(2023-05-08・大阪夕刊・国際・3社掲載)