No.60
求められる音空間を実現するために
コンサートホールの音響数値解析
実用的で精度の高いハイブリッドな手法を開発
環境都市工学部
豊田 政弘 准教授
Masahiro Toyoda
優れた演奏者は、会場の音の響き具合に合わせて演奏方法をコントロールする。会場もまた、良い演奏に欠かせない重要な要素だ。環境都市工学部で建築音響を研究する豊田政弘准教授は、複雑な音響の全体像を、高精度で予測できる効率的な計算手法を開発し、演奏者、観客により豊かな音楽体験を提供するコンサートホールづくりを目指している。
ホールの音の響きは建築前に分かるのか?
コンサートホールの音響について研究をされているとお聞きしています。
建築空間は形状や内装材、設計施工の方法によって、音の響きが変わってきます。だから、プロの演奏者はそのホールに合わせて演奏方法を工夫し、観客に一番いい響きが届くように演奏するのだそうです。コンサートホールは一種の楽器みたいなものなのです。
コンサートホールのような大掛かりな建物の音響は、完成後に修正することが非常に困難ですので、設計の段階で入念に予測し、どう作ったらどんな響きになるかというのを、考えなくてはいけません。ところが、ホールの空間は大きくて音の周波数範囲も広く、音はあらゆる方向から出てあらゆる方向へ飛んで行き、反射するなど複雑な動きをしますから、細かな予測が難しい。そこで私は、新しいやり方でより精度の高い予測をすることに挑戦しています。
ホールの音響はどのような理論で予測するのですか?
音響に関する理論は二つあります。一つは音を空気の振動の波として考える「波動音響理論」。しかし、波の性質を考慮して音響を予測すると膨大な計算量になってしまいます。そこで、もう一つ、波の性質をすべて省略し、簡単に音の粒子のようなものがどう伝わるかで考える「幾何音響理論」があります。
ホールの音響の解析は、ずっと幾何音響理論で行われてきました。幾何音響理論なら、短時間の計算である程度の予測が可能なので実用化できるからです。ただ、音を波ではなく、粒子として計算するので、いくらかの誤差や不具合が生じてきます。しかし、コンピューターの処理能力が著しく向上し、波の性質を盛り込んだ上で予測する計算方法の開発が進んできました。といっても、例えば、1万人クラスのコンサートホール全体の音響を、波の性質も考慮した方法で計算すると、数カ月では済まないぐらい時間が掛かります。とてもじゃないですが、設計に使えるような段階ではありません。
人の耳で聞ける高い音の周波数が2万ヘルツぐらいですが、例えば、低い音だけを波として扱うことにすれば、計算時間を短くすることができます。現在は500ヘルツぐらいまでだったら波の性質も考慮した形で、コンサートホールクラスの大きさの予測が可能です。そこで私は、低い周波数の音は波の性質を考慮したやり方で計算し、高い周波数の音は今まで通りの方法を使い、両方の結果を組み合わせれば、今までよりも短い時間で精度の高い予測ができるのではないかと考えました。
その予測計算は、うまくいきましたか?
それがなかなか簡単にはいきませんでした。波動音響理論と幾何音響理論は考え方が全然違うものですから、単純に計算結果を組み合わせることができず、それぞれの理論背景を踏まえた合成方法を模索しました。
波動音響理論の計算は500ヘルツ未満、幾何音響理論の計算は500ヘルツ以上と、音を分けないといけないのですが、例えば、ゼロから2万ヘルツまで音があったとして、その中から500ヘルツまでだけを、完璧な状態で抜き出す計算がなかなかできない。そこで、ローパスフィルターという低い音だけを通すフィルターと、ハイパスフィルターという高い音だけを通すフィルターを用意し、抜き出したデータの適切な合成方法を考えることにしました。
計算に掛かる時間はかなり短縮され、大きなホールにも応用できるまでになったと思います。でも、研究を進めるうちに、従来の幾何音響理論の計算方法に、どうも私は納得いかないところが出てきまして、そこを今、根本から見つめ直しているところです。
音響設計に役立つ解析手法を開発
研究の過程は具体的にどのように進めるのですか?
頭の中で物理モデルを思い浮かべ、こういうふうな考え方に基づいてやろうという理論を考え、それを表現する数式をネタ帳と呼んでいるA4のルーズリーフのノートに書き込んでいきます。それから、その数式をコンピューターで計算させるために、プログラムを書きます。そして、必要な数値をコンピュータに入力し、そのホールの音響予測を出します。
自分が考えた理論に基づいた数式で計算した結果が実験と一致して、自分の考えが正しかったという結果が得られると、その時はすごくうれしいものです。
この研究は今後、どのように進めていきたいとお考えですか?
幾何音響理論の納得がいかない部分を一つひとつ詰め、プログラムにも手を加えたので、その理論とプログラムで計算した結果を、実際のコンサートホールで測定したデータと比較し、検証をしたいと考えています。誤差の程度や適用範囲を評価し、修正を加えながら精度を上げていきたい。設計者が意図する音を響かせるホールを作るために、役立つ手段を開発することが目標です。いつか、私の開発したソフトウエアが音響設計の専門家のマストアイテムになるとうれしいですね。
学生時代から書き溜めてきた
数式でいっぱいの“ネタ帳”
ハイブリッド音場解析
面倒くさいことをやり続けたい
建築音響の研究に進んだきっかけは何ですか?
高校からバンド活動をやっており、ミスター・ビッグ、メタリカ、メガデスのようなハードロックバンドの曲をコピーして演奏し、よく聴いたりしていました。建築家になろうと思って、大学は建築学科に進学したのですが、勉強するうちに、建築設計の仕事は自分には向いていなのではないかと思い始めました。どうもセンスがないのではないかと。それで、音楽はずっと趣味でやってきたし、音楽と建築が両方できるような学問があるならそれをやってみようかと思い、ゼミで建築音響学を選んだのがきっかけです。
研究する上で大切にしていることはありますか?
面倒くさいことをやることです。人が面倒だと思ったことを頑張れば、人ができないことができるのではないかと思うのです。私は発想力やひらめきのある方ではありません。ただ、忍耐力は自負していますので、試行錯誤を繰り返しながら地道にやり続けていくことは大切にしたいと心掛けてきました。研究室の学生にも、関心のあることを追求していってほしいですね。