児童虐待を防ぐ人のつながり
山縣 文治 教授

最前線で子どもと親の福祉に取り組む

児童虐待を防ぐ人のつながり

当事者と支援者を支え、居場所をつくる

人間健康学部

山縣 文治 教授

Fumiharu Yamagata

山縣教授の共著

近年、痛ましい児童虐待事件が後を絶たない。その度に報道で取り上げられ、社会的意識も高まりつつある。どうすれば子どもへの虐待が減るのか。また、子どもやその家族の手助けとなれるのか。人間健康学部の山縣文治教授は、児童養護施設の指導員としての経験を生かし、現場での支援、福祉に携わる人材の育成にあたるほか、自治体や国の仕組みづくりのアドバイザーとしても八面六臂の活躍を続けている。

子どもに無関心な社会を変えていきたい

子ども児童福祉の専門家になろうとしたきっかけは何ですか?

私が生まれ育ったところは山間の集落で、「子どもも大人もみんな仲間」というようなつながりを持って暮らしていました。ところが街の高校に通うようになると、都市部ではそんな感覚はありませんでした。子どもに何気なく話しかけただけで「知らないお兄さんに声を掛けられた」と、不審な目で見られる。そんな社会の在り方に違和感を覚えました。「子どもが寂しい思いをしないで育つ世の中に」という思いから、福祉の道に進むことを決め、大学では子ども家庭福祉を専攻。大学院に通いながら、児童養護施設で4年半指導員を務めました。

講演会の様子

講演会の様子

研究者であることを生かした幅広い支援活動

指導員として働きながら研究活動に携わり、子ども家庭福祉制度の整備に尽力されたと聞いています。

私が指導員をしていた1970年代後半は、女性の社会進出に伴い、乳幼児の夜間預かりを実施するベビーホテルが急増した時代です。しかし、子どもの死亡事故が相次ぎ、社会問題になっていました。私は、乳幼児を安心して預けられる夜間保育所の整備が喫緊の課題だと考え、大学院に進んで研究するようになりました。そして、今から40年ほど前のことですが、国に働き掛け、夜間保育の環境を整備してもらうことができました。その時に結成された、全国夜間保育園連盟の顧問をずっと務めています。
 その他の活動としては、30年ほど前から全国に、専門家のサポートが気軽に受けられ、仲間づくりもできる子育て支援の場を作ることを目的に「つどいの広場事業」を進めてきました。今では次世代の方に引き継ぎましたが、2018年までは、大阪市内で子育て支援の拠点づくりを主宰していました。
 自分のことは、研究者というより実践者であると定義しています。しかし現場で何が起きているのか、どんな仕事が進んでいるのかをまとめ、広く関係者に説明することも大切な仕事です。そんな思いから、大学教員と現場支援という二足のわらじを履いています。

地域や仲間づくりを進め、虐待を防ぐ

虐待を防ぐための活動にも力を注いでおられますね。

現在、厚生労働省の各種専門委員会で座長を務めたり、児童相談所などでの研修を通じて、子ども家庭福祉の最前線で働く人をサポートしたりしています。また関西大学では、堺市との連携事業として「子ども食堂」を普及するための企画を定期的に開催しています。著名な方を講師に招いての講演会も行い、虐待を防ぐための取り組みや子ども食堂の持つ意味、今後の課題などを話し合っています。
 一般的には、虐待をするのは特別な人だと思いがちですが、私は誰にでも虐待してしまう可能性はあると考えています。虐待者と呼ばれる人は、たまたま、良い人間関係や環境に恵まれず、衝動を抑えきれなかったのだと思います。そのため、家族間の問題だけで終わらせるのでなく、地域や仲間なども含めた人々の輪の中で一緒に考える環境を整えていくことが、虐待を防ぐ上で大切だと考えています。
 また、虐待を受けた子どもは親を嫌っているはずだと大抵の人は思っています。しかし、実際に親を嫌っている子どもは1割いるかいないか。虐待を受けた多くの子どもたちは、自分の親がどこで何をしているのか気にしています。不幸にも、虐待によって一時的に親子を切り離すのは仕方がないかもしれませんが、親の元へ戻りたいと思っている子どもに対しては、徐々に親子の心をつなげていく方法を見つけていく必要があると思います。これは今、私が関心を寄せて研究している分野でもあります。

  • 研究室では週3回、山縣教授による手作りの料理がゼミ生に振舞われる。和やかなランチタイム

    研究室では週3回、山縣教授による手作りの料理がゼミ生に振舞われる。和やかなランチタイム

  • 充実した調理設備のある山縣教授の研究室

    充実した調理設備のある山縣教授の研究室

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自分で生きていく力を伸ばす支援を

子どもたちを守るには、虐待の当事者への支援が大切なのですね。

虐待をしてしまった多くの人は、うすうすどうすれば良くなるかが分かっている。自分なりの答えを持っているのです。それを支援する側が、先回りして解決策を講じてしまうのは善意からであっても良くない。かえって自信を失わせ、本人を追い込んでいくことにもなりかねません。
 支援する側がすべきことは、当事者が自分で生きていく力を発揮できるようにお手伝いすることです。もちろん「全て自力でしてください」と放り出す訳ではありません。支援を求めてきた人に、必要があれば周囲の環境を上手に活用する決断力を持ってもらうのです。それは「支援しない支援」と言えるのかもしれない。ひたすら話を聞いてあげて、答えが自分の中から出てくるのを待つ。そんな支援を通じて、悲しい出来事がなくなることを願っています。

  • 「善魔祓」:相手の意向を尊重せず、自分の「善」を押し付けてしまうことに対しての戒めとしている造語

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