水素貯蔵材料の開発
近藤 亮太 准教授

水素エネルギー社会の実現に向けて

水素貯蔵材料の開発

扱いやすく、大量に、安全に貯蔵・輸送

化学生命工学部

近藤 亮太 准教授

Ryota Kondo

水素を次世代のエネルギーとして活用しようとする動きが活発になっている。関西大学学部生のころから金属材料の研究に取り組んだ化学生命工学部の近藤亮太准教授は今、水素の利活用に欠かせない、水素の運搬・貯蔵の効率性を高める材料の研究・開発に取り組んでいる。その研究成果は、水素社会の実現に向けた我が国の歩みを、一歩前に進めるものになるかもしれない。

水素貯蔵材料って何? 金属材料の優位性

水素社会の実現に欠かせない材料について、研究をされているとお聞きしています。

CO2を排出しない水素エネルギーは、地球温暖化対策の切り札と期待され、日本でも国レベルで技術開発戦略を打ち出し、水素社会の実現に向けた動きを積極的に推し進めています。2014年12月に商用水素ステーションが開設され、トヨタが水素を燃料とする燃料電池自動車「MIRAI」を発売した翌15年は、水素元年と称されました。
 現在、水素ステーションの水素は700気圧以上の高圧でタンクに貯蔵されています。燃料電池自動車が、東京から大阪までノンストップで走るためには、5キログラムの水素が必要ですが、それは約3分で充填できます。短時間で充填できて、長距離走行が可能なのが、電気自動車にない水素燃料電池自動車の特長です。ただ、水素は圧力を高くすると温度が上がり、短時間のうちに出し入れすると、タンク内の温度が乱高下を繰り返すため、タンクを損傷する危険性が出てきます。今は、この危険を解消するために、事前に水素を冷やして充填するシステムが取り入れられているのですが、今後はより安全で効率良く、コンパクトで軽く、大量に水素を貯蔵・輸送する技術が必要です。そこで、研究が進められてきたのが水素貯蔵材料を用いたシステムです。私はこの水素貯蔵材料の開発を研究してきました。

水素貯蔵材料というのは、具体的にはどのようなものですか?

いろいろな水素貯蔵材料があるのですが、私が研究しているのは基本的にマグネシウム系、もしくはチタン系を中心にした金属系の水素貯蔵材料です。金属が水素と反応して水素化物をつくる反応を利用して、水素を貯蔵します。
 通常、水素はH2という分子で存在しますが、金属中に入ってくると、Hという原子に分かれる。そのHが、金属結晶の格子の隙間に収まるというイメージで理解してもらえばいいと思います。

気体ではなく、固体の化合物にして蓄えるわけですね。そのメリットは何ですか?

H2同士だと分子と分子の間の反発作用があって、近付ける距離が決まっているので、どんなに圧縮しても圧縮しきれない領域というのが出てきてしまう。だけど、水素原子に分けると反発作用を抑えて、大量に貯め込むことができます。体積でいうと、気体の状態と比較して700分の1から1000分の1ぐらいまでコンパクトにできます。

  • 金属系水素貯蔵材料
  • 器具を作るための加工装置

    器具を作るための加工装置

水素貯蔵材料としての課題に独自のアプローチ

マグネシウムやチタンの水素貯蔵材料は、実用に近付いているのですか?

マグネシウムは資源的に豊富で安価なため、枯渇するリスクが少ない。チタンも比較的安価です。実用化を視野に入れて、最初から研究してきました。中でも、マグネシウム系をどうにか実用化しようと、いろいろなプロジェクトを進めています。
 ただ、いろいろ課題もあります。マグネシウムは、水素とイオン結合して水素をどんどん貯め込んでいくのですが、マグネシウムの表面でだけしか反応せず、水素がマグネシウムの中に入っていって結合することがないと考えられてきました。その課題に対して、マグネシウムを細かい粉末にして表面を増やすことで、水素をたくさん貯め込むようにするというのが、世界各国の研究者たちが今までやってきたことでした。しかし、私たちは別のアプローチをしています。

どのようなアプローチで解決しようとしているのですか?

まず、なぜ水素が内部へと拡散していかないかを解析しました。すると、水素は表面で止まるばかりではなく、実は内部に入り込んで水素化物を生成することがあることに気付きました。これは世界でも私たちだけが発見した現象だと思います。
 その現象とは、マグネシウムは材料中に欠陥があると、そこを起点にして、水素との結合がどんどん進んでいくこと、また、水素の拡散速度が変わる箇所があることが分かってきました。このメカニズムが明らかにできれば、生成起点、例えば故意にひずみなどの欠陥を作ることによって、マグネシウムを微粉末化しなくても材料として使えるという予想がついてきました。
 マグネシウムは微粉末化してしまうと、酸化しやすくなり、危険物に該当するなど取り扱いに注意が必要です。また、熱伝導性が悪くなります。水素は熱を加えて取り出すので、固体の方が熱効率が良く、ハンドリングもしやすい。その点でも、なるべく大きな形状のままで、水素を貯蔵できる材料開発が必要とされているわけです。

チタン系の水素貯蔵材料にはどのような性質があるのですか?

チタン系の水素貯蔵材料には、室温で水素を取り出せるものもあります。しかし、高純度の水素でないと、すぐに表面が酸化物に覆われて、貯蔵できなくなってしまうというデメリットがあります。マグネシウム系から出てくる水素は、純水素しかないので、マグネシウム系でコンパクトに大量に貯めて、そこから取り出した水素をチタン系に移すようにすれば、室温で取り扱うことのできるコンパクトなシステムが作れます。例えば、ビルの屋上に太陽光パネルを設置して、その電力で製造した水素をこのシステムで貯蔵・利用すれば、そのビル全体のエネルギーを賄うことができると思います。

水素エネルギー循環システム

クリーンなエネルギー社会の実現に貢献したい

研究では実用化を常に意識しているのですか?

やっぱり私たちは工学系の学部にいるので、社会のためになるようなものを作らなければいけないと思っています。国は、2040年までに水素貯蔵材料を使ったシステムを、実用化させるという目標を立てています。国際的には既にエネルギー供給の30%以上が再エネ由来になっている国が多数あり、日本は出遅れています。このエネルギー分野に、何らかの形で役に立つものを作っていきたい。次世代にきちんとバトンを渡せるように、クリーンなエネルギー社会を作っていくことは、世界共通の課題だと思っています。

研究者として、今後の抱負を。

まだ世界にはない独自の研究をしていきたい。研究者人生を歩めるのは、おおよそ30年から40年。その中で、新しいものを見つけて育てるためには少なくとも10年は必要とするので、結局一生の間に多くて4つぐらいしか新しいものを形にできない。だから、なるべく若いうちは新しいもの、誰もやっていない観点の実験を進めて、それを育てていきたいと思っています。