美容整形とコミュニケーションの関連性に迫る
谷本 奈穂 教授

現代社会における美容整形の実態を研究

美容整形とコミュニケーションの関連性に迫る

美容整形を実践する理由と契機とは

総合情報学部

谷本 奈穂 教授

Naho Tanimoto

人はなぜ美容整形をするのか? 技術の発展とともに、女性たちに広がってきた美容整形。彼女たちはどのような美意識を持ち、何に背中を押されて身体加工を行うのか?女性文化から社会を考察する谷本奈穂教授は、彼女たちが実践の理由として口にする「自己満足」をひもとくとともに、実践の契機には身近な女性同士の「日常的なコミュニケーション」が大きく関連するとして、その実態を探る。

自己満足と社会的抑圧

先生は近年、身近になりつつある美容整形に着目し、著書『美容整形というコミュニケーション─社会規範と自己満足を超えて』(花伝社 2018年)を出版されました。先行研究とは異なる視点からの研究ですね。

私はいわゆる女性文化に関心があり、美容整形に関する研究調査も、女性文化の傾向や女性の心理状態を探ることを目的に行っています。これまで、美容整形は「劣等感の克服」や「他者に対するアピール」のために行われると説明されてきました。しかし、2003年から約10年間、断続的に20~60歳代の男女合計4,225人へアンケート、そして合計32人の美容整形経験者と医師に対するインタビューを実施したところ、美容整形や美容医療を希望する人が語る理由の多くは「自己満足」「自己の心地よさのため」であり、必ずしも「劣等感」という理由だけで説明できるものではないことが見えてきました。
 また、美容整形を希望する人は、「自己満足」を最も重視しながら、同時に「他者」による外見の評価を気にしていることも明らかになりました。先行研究では、この他者を「異性」や「社会」であると措定しており、「具体的に誰なのか」は見落とされてきています。そこで「具体的な他者」を明らかにしたのが、この度の研究調査です。

美容整形を実践する理由として「自己満足」が増えてきたのはなぜでしょう?

もちろん、コンプレックスがあって美容整形を実践する人もいます。けれど、「劣等感の克服」や「他者に対するアピール」も、一見それらとは異なる「自己満足」もまた、動機を示す語彙。実際は、外見によって辛い思いをしたことがなくても「もっと良くなりたい」という理由で踏み切る人も多いのです。アンケートでは、外見に自信のある人の方が、自信のない人よりも美容整形を希望しているという結果が出ています。外見に自信があっても「さらに良くしたい」という願望から、「自己満足」という理由が採用されると考えます。
 一方で、彼女たちが本当に「自己満足」で自由に美容整形をしているかというと、それは言い過ぎです。例えば、二重まぶたが良いというのは彼女たちが決めたことではありません。一重まぶたを二重まぶたにする手術はあってもその逆はありません。彼女たちは自らの心地よさを求め、自らの意思で実践しているけれど、目指すべき外見の基準は社会によって構築された一律な価値観に従っているのです。そうした2つの側面があることは、美容整形への意識を研究する上でとても大事です。

整形したい理由(第1回アンケート調査)

実践する契機としての、他者とのつながり

美容整形へ踏み切るには少なからず勇気がいると思いますが、そこに「他者」の影響があると?

実践する人たちの契機には複合性があります。契機は、「自己満足」という動機と併存しながら、日常的な何気ない会話やコミュニケーションの中で具体的な「誰か」によって生み出されています。アンケートとインタビューから浮き彫りになってきたその「誰か」とは、「同性の友人」「母」「姉妹」。つまり、身近な同性です。自分がやって良かったからと連れて行ってあげたり、悩んでいる人にお勧めしたり。「友達が二重まぶたにして、自分もやりたいなという気持ちが強くなったのかも」「一人だったら勇気は出なかったと思う。妹と一緒だったというのと、お母さんの強い推し(笑)」というように、美がお互いに達成され、分かち合う資源になっており、同性同士のいたわり合いや思いやり、親密性が深く関係しているのです。そのため、全体の傾向からみると、同性同士のつながりが濃い人の方が実践している傾向にあります。

エステや美容院へ行く時に近い気軽さが感じられますね。実践する人も相当数増えてきているのでは?

その背景には、美容医療機器と技術の急速な発展も関連しています。「整形」で雑誌記事検索をすると、1960~70年代にはほとんど見当たらず、90年代でその数は跳ね上がります。アメリカからレーザーなどを使う先端技術が導入され、プチ整形という言葉がメディアに登場したのはこのころです。日本人はアメリカ人と違い、美容整形に大きな変化を求めません。メスを入れるよりもレーザーや注射、投薬を好む傾向があり、時間の経過とともにシワが戻るというような「ちょっとだけ」の整形は受け入れやすかったのでしょう。
 そして、今や日本はアメリカ、韓国に次ぐ美容整形先進国。今年初めて日本外科学会が統計を取り、外科手術を含めた施術数は年間200万件にも上ることが明らかになりました。病院からのアンケート回収率が低いため、実際はもっと多いと推測できます。

SNSの普及に伴う危険性

技術が発展したとはいえ、リスクもあると思われます。

もちろんです。美容整形は魔法ではなく、施術する医師もすべてが良心的とは言い切れません。また、今年6月に医療広告ガイドラインが施行され、美容整形のビフォーアフターの写真等が掲載できなくなったことにも私は危機感を抱いています。今はSNSにどんどん情報があげられる時代。実際、美容整形の専用アカウントもあり、写真や経験談もたくさん出ています。行政が病院の広告を規制したところで、虚実の分かりづらいSNSの情報は規制の対象にはされず野放しの状態。SNSは女性同士のコミュニケーションや支え合いの場にもなっており、口コミ情報には良い面もありますが、真偽を見分けるのは自己の責任とされます。美容整形を希望する人はきちんと調べ、信頼できる医師と相談して進めなくてはなりません。

今後の展望をお聞かせください。

今回の研究結果が日本独自のものなのか、海外でも類似した状況なのか、今後は国際比較に力を入れていく予定です。また、これまでは広告や雑誌等のメディアを主体に研究してきましたが、美容整形に限らず、これからの美容業界に影響を与えるのは恐らくSNSです。女性同士の情報交換もこれまでの対面からSNSへと移行していくと考えられ、調査対象として避けては通れないと思っています。
 私のゼミではポピュラーカルチャーを扱っており、漫画やファッション、スポーツ等に関心を持つ学生が集まっています。一見するとたわいないこうした文化現象は、学問領域の中では軽視されがちです。しかし、ポピュラーカルチャーは社会や人間と深く関わっていて、きちんと分析すれば、社会の一側面を明らかにすることができます。総合情報学部はとても落ち着いた環境にあり、学生たちものびのびと研究しています。ゼミ生たちには、関心のあるテーマを自由に選択してもらい、そこから社会を捉える力を養っていけるよう、より一層注力していきます。