危険性の高い施設を効率的に抽出する耐震診断システムの開発
一井 康二 教授

沿岸構造物のリスクを分析

危険性の高い施設を効率的に抽出する耐震診断システムの開発

社会安全学部

一井 康二 教授

Koji Ichii

1995年。阪神・淡路大震災の悲しみを乗り越えようと、神戸の町は急ピッチで復興に向けた作業が進められていた。同年4月から国の港湾技術研究所に勤めていた一井康二教授も、被災した神戸港の調査や被災施設の復旧に従事していた。その経験を基に、多様な構造形式に対応したチャート式耐震診断システムを開発。地震に対する危険性が高い施設を「簡単に」「早く」「安く」抽出することを可能にした。2017年に社会安全学部に着任。建物倒壊の方向を予測するなど、見えない将来のリスクを「見える化」する研究に挑戦中だ。

簡単で、早く、安い、耐震診断を可能に

先生が開発された沿岸構造物の耐震診断システムが、日本中で活用されているそうですね。

堤防などの沿岸構造物の耐震性を「簡単に」「早く」「安く」診断できるチャート式耐震診断システムを、国土交通省近畿地方整備局のプロジェクトとして開発しました。そのソフトが民間を含め、各地の自治体などに貸し出されて、広く利用されています。このシステムの開発で、2008年度土木学会技術開発賞などの賞もいただくことができました。

具体的にどんなシステムですか?

阪神・淡路大震災以降、地震発生時に沿岸構造物がどのぐらい変形するかを予測する、高精度のシステム開発が進みました。しかし、技術者が構造物ごとに複雑なシミュレーションを実施して算出する必要があるこの方法では、多くの時間と費用がかかります。例えば、大阪府が管理する海岸線は約70キロありますが、全部診断するのは、現実的には非常に難しい。
 これに対してチャート式耐震診断システムでは、あらかじめさまざまな条件下におけるシミュレーション結果をデータベース化しておくことで、簡単でスピーディーな診断を可能にさせます。診断の現場では、構造物の大きさや地盤の硬さなどの基本データを入力し、データベースの結果と照合するだけで、その変形量が推定されます。特殊なソフトを使うわけでもなく、専門的な技術者でなくても扱えるという点も大きな特長です。

診断の精度はどうでしょうか?

精度は「まあ、それなりに」という感じになりますが、簡単でコストもかからないから、全個所で実施することができます。大切なのは、危険性の高いポイントを見つけ出すことです。全個所で実施し、危険性の高いところだけ、従来の高精度システムを用いて診断する。この組み合わせによって、従来よりも時間と費用を節約し、効率的に耐震診断と対策が行えるようになりました。
 診断を簡易化するときに注意しなければならないのは、地震による変形を過小評価して、危険を見落としてしまうことです。この見落としの危険性は、解析の精度に大きく影響されますので、コストのかかる高精度の方法を使いたくなります。しかし、傾向に応じて、信頼できるレベルの解析精度が確保できない場合は、変形量を大きめに予測するように調整しておくことで、精度が落ちても見落としは起こらず、実用上の問題をなくすことができました。
 また、沿岸の構造物には堤防だけではなく、岸壁や桟橋などいくつかの構造形式があります。多様な構造に対応できるようにするのはちょっと大変でしたね。


研究室の棚には土木学会技術開発賞など数々の受賞盾が並んでいる

いつか必要とされる時のための備えを用意する

チャート式耐震診断システムの今後の課題は?

実際の地震の被害は、地盤の強さなどに大きく影響されます。でも、地面の中は見えないので、地盤の調査をしなければ本当に地震の時に大丈夫なのかわかりませんよね。また、使用環境が悪いと、当初の想定よりも速い速度で構造物が劣化している場合があります。こういった情報をきちんと把握して、より正しく耐震診断を行いたいというのが現在のテーマの一つです。
 例えば、構造物の現状を把握するアイテムとして、小型カメラを搭載した改造ラジコンボートを作りました。これで、通常ではダイバーを雇わないと調査できない桟橋の裏側にあるコンクリートの劣化状況を診断するという試みも行っています。
 また、地盤を調査する手法として、地面の掘削に使用する建設機械(ミニショベル)の先端部にセンサーを仕込み、土の性質、地面の強度などのデータを取ることにもチャレンジ中です。この研究のために建設機械の運転資格も取得しまして、私自身が乗り込んで穴を掘ることもあります。

そのようなアイデアはどうやって生み出されるのですか?

ミニショベルの場合は、建設機械メーカーから別件の相談をいただいたときに、ふと思いつきました。研究の基本ですが、まず具体的な社会のニーズに対して、何ができるのかを考える。頭の柔らかさには自信があるので、その時の一瞬のひらめきをアイデアにつなげています。特に防災とか危機管理に関連した研究ですと、切迫した事態が起きる前に準備して研究しておくといった、早め早めのニーズ把握が鍵になります。日頃からいろいろなところにアンテナを張っておく必要がありますね。必要に迫られたときに、「こういうものがちゃんとありますよ」と提供できる準備をしておくことが、大学をはじめとする研究機関の役割だと思っています。

小型カメラ搭載の改造ラジコンボートによる現地調査

「つくる」から、「伝える」へ。

子どもたちへの防災教育にも取り組まれていますね。

以前、土木学会の防災教育に関する委員会で、園児への働きかけが大事だという話になりました。子どもたちは未来を担う存在であり、災害弱者でもある。それに、子どもたちに防災の知識を伝えれば親にも伝わる、という理由からです。そこで、防災絵本『よしお君とでろりん』や、地震が起きたときにどんな行動をすればいいかを歌った曲『地震だ、だんだだん』、さらには、災害について子どもが楽しく学べる防災タペストリーを制作するといった活動に携わりました。その他にも関西地震観測研究協議会の皆さんと、地震計を作って防災を学ぶ活動を各地の小学校で継続して行っています。

今後はどんな研究を?

地震発生時には、建物の倒壊によって道路をふさがれ、避難が困難になることも想定されます。建物がどの方向に倒れ、どこがふさがれるのか、それを予測できたら、避難経路をもっとしっかりと考えることができますよね。
 近年は空き家も増え、メンテナンスが悪いために地震による倒壊の危険性が高まっている建物もあります。つまり、空き家の倒壊によって周辺住民が避難できなくなってしまうというリスクが潜んでいます。建物倒壊の危険性を「見える化」できれば、公共の安全のための空き家対策の在り方なども見えてくるはず。昨年4月に関西大学に来るまでは、作る、測る、診断するなどの工学的なアプローチが研究の中心でしたが、文理さまざまな分野のスペシャリストが揃う社会安全学部では、法学や経済学などの見地も取り入れて、研究を深化させていきたいと思っています。また、これからは構造物や建物の維持管理がますます重要になってくる時代です。耐震診断や維持管理を通じて、広く社会の安全を支えていける人材の育成にも力を入れていきたいですね。


  • 防災絵本『よしお君とでろりん』と絵本を読んだ小学校の生徒からの感想文


  • 災害について楽しく学ぶことができる
    防災タペストリー