現代家族における「オトコの育児」を探る
西川 知亨 准教授

「家族のカタチ」を社会学的観点から研究

現代家族における「オトコの育児」を探る

子育てしやすい社会の実現に向けて

人間健康学部

西川 知亨 准教授

Tomoyuki Nishikawa

「夫は外で働き、妻は家事や育児をする」。この形態は、昔ながらの家族の在り方と思われがちだが、実際は近代になって生まれたものだ。家族社会学では、家族は「伝統家族→近代家族→現代家族」の順に展開してきたととらえられており、近代家族の家族観は今や当たり前とは言えなくなっている。夫婦共働きで子育て中の西川知亨准教授は、自らの体験を基に「オトコの育児」について、福祉と社会学の方法論を横断しながら研究を進める。

さまざまな角度から「オトコの育児」をとらえる

先生は2016年、共編著『〈オトコの育児〉の社会学─家族をめぐる喜びととまどい』を出版されました。その背景をお聞かせください。

私は大学院生時代以来、シカゴ学派社会学を中心とする社会病理学や社会学史、あるいは現代日本の貧困問題についての研究をしてきましたが、人間健康学部に着任し、社会福祉士の養成課程の授業を担当する中で、これまでの研究を修正・活用した新しいテーマとして家族福祉に関する社会学的研究を始めました。この本の出版はその一環です。福祉、あるいは福祉の方法で人と社会をつなぐ技術である「ソーシャルワーク」は実践を重視する分野ですが、その枠組みに何か補うと良いものがあるように感じます。例えば、コミュニティーや社会保障、社会制度までは視野に入れますが、その背後にある社会構造や社会変動については軽視されがちです。また、福祉の現場が生み出す力や秩序についてもあまり考慮に入れられない。それならば、そうした背後の社会構造や社会変動、あるいは実際に人々の社会生活が営まれる社会的場の秩序を重視する社会学の手法、例えばシカゴ学派の社会生態学の方法などと融合すれば、より良い福祉実践、社会学理論の構築が可能になると思うのです。
 この本の執筆メンバーの多くが子どもを持つ子育て経験者。育児に関わる自分の体験に基づいて、夫婦や親子、社会などとの関係を通し、「オトコの育児」をとらえています。また同時に、社会学自体を学ぶことができる構成にもしています。現代社会は女性も男性も子育てに奮闘している人が多く、我が家も夫婦共同で育児をしています。日々の行いが研究テーマになる「オトコの育児」はとても良い題材でした。


妊婦さんの生活や行動を疑似体験できる
「妊婦体験ジャケット」を身に付ける西川准教授

現代に求められるライフスタイル

著書の中で、先生は家族の形態について触れられています。時代と共に、その在り方はどのように変容したのでしょう?

ポイントとなるのは、近代社会になって出てきた近代家族の形態です。その主な特徴は、家内領域と公共領域の分離、愛情で結ばれる家族関係、子ども中心主義、性別役割分業の4つ。近代家族における多くの人々の労働の場は、それまでのように家の裏の田畑ではなくなり、通勤して仕事場へ通うようになりました。その分、地域とのつながりは弱くなり、よその家とは異なる慣習や文化を持つように。夫婦関係を成り立たせるものは「愛」に変わり、その中心にいるのは子どもになりました。子どもを成長させることが大きな課題になると同時に、子どもは家族をつなぎとめる大きな存在へ。そして、公共領域は男性が、家内領域は女性が担うようになりました。

そのような近代家族の在り方もまた、現代家族には通用しなくなってきていますね。

そうですね。現在、家族の形態やライフスタイルは多様化しています。人生の考え方はかつてのように、就学、就労、結婚、出産といった、決まったプロセスを経る「ライフサイクル」ではなく、それぞれの人が違う経路をたどる「ライフコース」として移り変わってきています。
 例えば、私たち夫婦は共働きで、子育てをしている現代家族という位置付けにありますが、近代家族の影響を受けている面もあります。私も妻も、母親が(ほぼ)専業主婦という家庭で育ち、生まれ育った家族の価値観や規範が新しい家族にも持ち込まれています。しかし、必ずしもそれは現代を生きる私たちの状況には合わないこともあるため、随時すり合わせをし、新たなカタチの家族秩序を構築していく必要があります。現代家族には近代家族とは異なる新しいライフコースが求められますが、モデルがなく、女性も男性もどうしたら良いのか分からず手探りの状態です。


お子さんと笑顔でツーショット

社会学からアプローチする「オトコの育児」

現代家族の育児は、理想と現実にギャップがあるように思えます。

マクロなレベルで見ても、男性は20世紀後半から育児へ参入したばかりとも言えます。職場のさまざまな問題、賃金格差やジェンダーの問題など、いろいろあって育児休暇が取りにくいのが現状です。行政は、男性の育児休業取得率が低いのは男性の意識が低いからだとして、男性の意識を啓蒙する姿勢をとることもありますが、意識の問題としてのみならず、社会の仕組みなどにも目を向ける必要があると思います。
 例えば、“イクメン”という言葉が流行っていますが、その言葉にはどこか洗練されたイメージがあり、育児の大変さは見えてきません。男性による育児は、推奨されるばかりで実際は参入しにくい環境のまま。その概念に内在する問題には社会も無頓着です。私を含め、うまくいかないのは自分の育児能力が足りないからなのかと悩む方もいるでしょう。─では、原因はどこから来ているのでしょうか。職場の理解をはじめ、雇用形態や経済状況などさまざまです。育児の問題は個々の問題だけでなく、それを取り巻く社会にも深く関わりがあるのです。

個人や家族の問題だと思っていた状況に社会学的な視点を取り入れることで、社会全体の問題が見えてくるかもしれないということですか?

そうです。社会学は視点をシフトできる学問であり、シフトすることで個別の問題から解放される部分があります。特に近代家族と現代家族のすき間の時代にいる現代の私たちは、「オトコの育児」を通して「社会学」し、社会学を通して「オトコの育児」について考え、育児をはじめとした社会生活に生かすことができたら良いなと思っています。またこうした物の見方は、育児に限らず、個人の責任とされがちな貧困やブラック企業の問題など、人生のさまざまな場面で生じる課題に立ち向かう武器にもなり得るため、自身や周りの人たち、ひいては社会のために役立つはずだと思っています。

先生は、実際に保育施設で「オトコの育児」について考える学習会を開催されています。反応はいかがでしたか?

学習会は保育施設からの要請を受け、「〈オトコの育児〉から育児を考えよう!!」をテーマに実施しました。啓発的な会にはしたくなかったので、男性そして女性が育児を行う中で経験する問題を、社会学的あるいは社会的背景との関係から考えるワークショップ形式で行いました。父親はもちろん、母親や保育士の方にとっても興味深いテーマだったようで、「日々のケアワーク(育児・保育)に必死で、こういう観点でとらえたことがなかった」「育児がしづらい背景に何があるのか考える機会になった」等の感想をいただきました。それぞれの経験から問題を立ち上げ、社会学的視点から前向きに育児を考える一つのきっかけになっていたら良いなと思っています。

今後の展望をお聞かせください。

今後は自身の子どもの成長を見守り、育児をしながら、これまで私がやってきたシカゴ学派や貧困研究といった理論的・実証的研究を生かして考察し、さまざまな社会や福祉の現場にフィードバックしながら社会学的なソーシャルワークの方法を開発したいですね。先にも述べましたが、社会学の概念を用いれば、福祉の視点だけでは気付かないような潜在的な課題に気付くことができると考えています。これまでの研究をベースに、福祉のフィールドへ社会学の概念を組み込み、一つの価値観にとらわれない、現代社会に合った仕組み作りについて考えていきたいと思います。


  • 福祉と健康コースの「相談援助演習」の授業などで活用されている大型絵本
    ソーシャルワークは、子どもを対象として行われることも多い


  • 講義中にポインターとして使用している「ピコピコハンマー」