絵本の力を伝える案内人として
石原 敏子 教授

絵本や児童文学の魅力を探求

絵本の力を伝える案内人として

“心の遊び場”となる作品を紹介く

外国語学部

石原 敏子 教授

Toshiko Ishihara

「日常生活から一瞬にして別世界へと連れて行ってくれ、そこに好きなだけ滞在し、また帰って来ることができるのが絵本。そして、戻ってくると以前とは違う気持ちになっているのです」。穏やかなまなざしでそう語る石原敏子教授は「絵本には人を支える力がある」と身をもって知った。絵本は子供のためだけにあるのではない。その力をより多くの人へ届けるため、英米絵本や児童文学の紹介に精力的に取り組む。

2度の闘病生活で出会った絵本

まず、絵本に興味を持ったきっかけをお聞かせください。

私はこれまでに2度、大病をしました。最初がんになった時、それまで従事していたアジア系アメリカ文学の研究を続けるのが困難になりました。戦争や越境、人種問題など、社会に受容されない人達の生活を描く作品が多く、そうした厳しい内容を扱うには精神的・体力的に無理があったのです。それで、心地の良い物を求めて児童文学を扱い始めたころに、再度がんを発症しました。2度目とはいえ心の準備は全くできておらず、どのように闘病生活を送れば自分らしくいられるのかを考えた末、自分の読みたい本、集め始めていた絵本を読むことにしました。

その時に読んだ絵本の一部を紹介したのが、エッセー『わたしのくすり箱(2009)』ですね。

そうです。入院中、毎日1冊ずつ、母と姉が絵本の読み聞かせをしてくれました。それはとても快く、手術や治療の不安を乗り越える助けとなりました。特に好きだったのは『おやすみなさいおつきさま』(文・マーガレット・ワイズ・ブラウン/絵・クレメント・ハード)。部屋の中や外にあるものに「おやすみなさい ○○」と声をかけていく、単純なフレーズの繰り返しで構成されたこのお話は、早すぎる消灯後、さまざまな不安と闘う私に静かな眠りをもたらしてくれました。手術後当初は目で文字も追えない状態でしたが、徐々に声を出しても読めるようになり、また、読む絵本の幅も広がっていきました。このように、絵本は日々の快復を実感させてくれる存在であったのです。
 そうした経験は「絵本には人を支える力がある」という確信につながり、退院後、私を支えてくれた数々の絵本を多くの人に伝えたいと思うようになりました。そこで、「眠れない夜」「希望」等のテーマ別に20作品を選書し、エッセーとして紹介したのです。


研究のための絵本コレクション。
(写真中央)トーマス・ロッカー『Between Earth& Sky』

貴重な絵本を整理し、紹介する

最近では、トーマス・ロッカーの絵本33作品を紹介されていますが、多くの絵本作家の中から、彼に着目した理由とは?

以前、アメリカ合衆国を彩る豊かな自然に対し、絵本作家達がどのような表現を与えてきたか、100冊を超える絵本にあたってその傾向を分析しました。その際、特に目を引いたのが、まるで美術館に飾られる名画のような風景を描くトーマス・ロッカーでした。彼は、19世紀に起こったアメリカ最初の芸術運動ハドソン・リヴァー派の流れを組む画家で、時にネイティブ・アメリカンの宇宙観を反映した絵本を制作しています。中でも衝撃を受けたのは『Between Earth&Sky』という作品。少年がおじから、自分達の先祖が7つの方位─東西南北、天と地、そして自分の心─を持っていたことを教わるお話で、“何事の始まりも自分の心にある”と強く印象付けられました。
 彼の作品が日本で紹介されることは少なく、また原作品も入手しづらくなっています。入手できた33作品を研究ノート『トーマス・ロッカー絵本の整理と展望(2015)』で紹介しました。

英米の作品だけでなく、日本の絵本“ちりめん本”の整理も手掛けられたと伺っています。

ちりめん本は、明治時代半ば、日本のおとぎ話などを英語、スペイン語等に翻訳し、美術品とも呼べる絵本として出版したもので、お土産として海外へ渡ることが多かったようです。そのような貴重な資料が関西大学図書館に所蔵されていましたので、今後もより活用されるべく、整理して、『関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理』として外国語学部紀要で紹介しました。日本の絵本の形成には翻訳が重要な役割を果たしており、その歴史においてちりめん本は大きな意義を持っています。

先生は、優れた作品をより多くの人に紹介したいとお考えなのですね。

まず一番に作品分析や作家研究が大切です。その上で、必要な読者に適した絵本が届けられることを目標としています。ある絵本作家は、絵本が「人生の真実」を伝えるとしており、私は「哲学」を含むと考えています。より多くの人が絵本に出会うきっかけを作る“作品の案内人”になりたいですね。

絵本は“自分を映しだす鏡”

絵本の面白さはどこにあると思われますか?

絵本は、絵と文字の総合芸術です。文学作品の場合は文字を読みながら自分でストーリーを視覚化していきますが、絵本には絵があり、自分がそれをどう読み取っていくのかが重要なところ。絵の中には文字で説明されていないものがたくさんあります。読者は絵から自由に見たいものを見る半面、見たいものしか見ていません。つまり、絵本は“自分を映す鏡”なのです。「あなたに見えているものと、隣の人が見ているものは全然違う」。そのことから自分の物のとらえ方に気付いてほしいので、ゼミでは同じ絵本からそれぞれ何を読み取ったかを常にディスカッションしています。
 それからもう一つ、“In a book you can hold the imagination of another person in the palm of your hand and explore it at your leisure─true magic. (他の人の想像力を手のひらに乗せ、いつでも好きに探索できる、本は、まさに魔法。)”─これはモーディカイ・ガーシュタインという絵本作家がコールデコット賞を受賞した際に述べた言葉です。彼の言うように、絵本の読者は、作者の想像力を手にし、絵本の32ページという小さな空間の中で、ストーリーに沿いながら、読みの速さや方向を自由に決定し、作者と共に一つの遊び場“宇宙”を創り上げ、また現実との間を自由に行き来することができる、そこに絵本の面白さがあります。

作品の魅力を幅広く発信する

学外での活動についてお聞かせください。

私は阪神・淡路大震災で被災し、その後、姉の住む静岡に避難しました。そこでお世話になった方々へ、感謝の気持ちとして定期開講したのが、英米文学作品を学ぶ講座“スパイラルの会”です。1995年から昨年までの65回、述べ1,300人の参加者と文学作品を学び、受講料は震災被害等で困っている方々に寄付しました。
 また、そこから発展した活動として、2011年から3年間、大人向けに“絵本の会”を開催しました。厳選した絵本を紹介し、歴史的背景を学び、朗読や音楽で楽しんでいただく内容です。こちらもボランティア・チャリティー活動として、述べ350人の参加者が集いました。
 現在は、公立図書館で絵本講座などを不定期で開催し、またゼミ学生は、幼稚園などで、子供達に英語絵本の読み聞かせ「英語で絵本を楽しもう!」を行っています。子供はもちろん学生にも、皆で読むこと、読み聞かせすることの楽しさを知ってほしい。そうすれば将来、彼らが周囲の人に読み聞かせをするかもしれず、絵本に触れる人が少しでも増えるのではと期待しています。
 今後もさまざまな形で、優れた絵本が多くの人の手元に届くよう努めていきたいと思っています。