アンコール遺跡バイヨン寺院の修復
小山 倫史 准教授

歴史的構造物の保存・修復

アンコール遺跡バイヨン寺院の修復

掘削工事に伴う構造物・地盤の挙動を解析

社会安全学部

小山 倫史 准教授

Tomofumi Koyama

カンボジアの世界遺産・アンコール遺跡群は、歴史的、美術的に価値の高い壮大なスケールの建築や彫像で、世界中の観光客を魅了している。各国による調査、保存、修復が進められる中、代表的な遺跡の一つ、バイヨン寺院では日本チームによる活動が成果を上げている。小山倫史准教授は、地盤・岩盤工学の専門家としてこの活動に参加、これまで培ってきた高度な解析手法を利用し、遺跡の変状メカニズムを精緻(せいち)にモデル化することに成功。精度の高い変状予測で保存修復に貢献している。

地盤・岩盤工学の専門力を遺跡修復に生かす

カンボジアのアンコール遺跡の修復事業にかかわられているそうですね。

5年ほど前から、日本国政府のアンコール遺跡救済チームに協力して、年1~2回程度、ゼミの学生などと現地に出向き、現地の日本人・カンボジア人スタッフとともに、バイヨン寺院などの保存・修復に携わっています。
 バイヨン寺院は、12~13世紀にかけて建造された遺跡で、原地盤の上に、適量の水を土に加えて突き固めた版築と呼ばれる盛土地盤を10数メートル造り、その上に石積みの構造物が幾つも建てられています。最も大きな構造物である中央塔は、版築盛土の基壇と合わせて、高さ40メートル以上にもなります。
 何世紀もの時が経過すると、構造物が傾斜したり、石積みの間の目地開きや石材の亀裂が起こります。石積みの応力が集中するような場所では版築の地盤が破壊していたり、版築土が開いた目地から流出するなど、劣化・変状が進んでおり、特に石積みの崩落などを防ぐために対策が必要になっています。

専門は地盤・岩盤工学ですね。どうして遺跡修復にかかわることになったのですか?

アンコール遺跡のこれまでの調査や修復から、構造物の崩壊が起こる一因として、基礎となる地盤の変状が考えられています。つまり、保存修復を進めていく上では、構造物だけでなく、地盤との相互作用も考慮しなければならないということです。
 私はもともと岩盤工学の専門で、現在では、地滑り、斜面崩壊の監視・予測、土砂災害の警戒システムの構築といった課題にも取り組んでいますが、岩盤を対象とした不連続体(ブロック体)解析手法の開発を行ってきました。そのような研究が、地上の構造物と地盤の両方を扱わなければならない修復に応用できるのではないか、ということで、私に声が掛かったようです。
 実は私の父は日本中世史の研究者で、熊野古道の世界遺産登録に力を尽くしていました。アンコール遺跡の話をいただいた時には、父はもう他界していましたが、私も世界遺産にかかわれるということに何か縁を感じ、ぜひ手伝わせていただきたいと思いました。


  • アンコール遺跡バイヨン寺院

地盤と塔の複雑な動きを数値解析

どのような作業を担当されているのですか?

遺跡の変状メカニズムを解明し、保存修復作業がどのような影響や効果を与えるのかをシミュレーションできるように、地盤と構造物の動きを数値シミュレーションで解析することを試みています。
 地上の建物、地盤のどちらかだけを解析することはよくありますが、両者の間の相互作用も考慮し、両方を同時に扱う解析手法はなかなかありません。バイヨン寺院の場合は、地上の構造物は石積みの不連続体、地盤は連続体としてモデル化し、それらの相互作用を組み入れ、最終的に両者を同時に解析するのですから、かなり複雑な計算になりますが、石積みと地盤の挙動をうまく表現することができました。

解析をするためには、構造物や地盤の特性を調べなければならなかったのでは?

自然地盤については、近くを掘削してサンプルを採取、版築地盤については、実際と同じ水と土の配合になるよう自分たちで締め固めて再現しました。石積みの石材(砂岩やラテライト)は同じ材質の石を使い、いろいろな試験を行ってそれぞれの物性を決定し、その数値を解析に反映させました。


  • バイヨン寺院における発掘調査


  • バイヨン寺院の基壇部のボーリングによりサンプルを採取
    表層から砂岩(写真左上の灰色部分)、ラテライト(赤茶色の部分)、版築土


  • 細かい粒子の砂に水を加え突き固める工法で、版築と呼ばれる盛土をテストサイトにて再現

修復作業の影響を予測する

その解析手法を具体的にどのように利用したのですか?

解析が最も必要だったのは、バイヨン中央塔です。この塔の中央の版築地盤には、かつてフランス極東学院が調査のために掘った坑(あな)を埋め戻した個所があります。そこの埋め戻し土の状態は緩く、今後、塔の安全性を脅かすことが懸念されているため、もう一度掘り返し、補強して埋め戻す作業が検討されています。しかし、そのような工事をする前に、周囲の地盤や塔に与える影響を検証しておかなければなりません。そこで、いろいろな地盤補強工法について検討し、その効果を調べるための解析を行い、工事を行う際に留意すべきことを考察しました。
 ただ、この解析は雨など地下水の影響を考慮に入れていない力学上の計算です。例えば、土は含水量により性質が変わることを表現できるように、学生たちと改良した解析コードを現在作っているところです。カンボジアは雨期乾期があり、乾湿の繰り返しは地盤にダメージを与えます。そういう条件もうまく表現できるものにしたいですね。地盤や石材のサンプルによるさまざまな試験データを蓄積し、解析の精度を上げていきたいと思います。
 また、石積みの目地開きの進行などの現状把握を正確に行うことも重要です。そのために、精密写真測量を用いた計測・モニタリングを継続して行っています。精密写真測量は、小さな反射ターゲットを石積みに貼り付け、それを定期的に撮影したデータから石積みの動きを把握する計測方法です。写真を撮るだけで誰でも簡単に計測できるというメリットがあり、私たちが日本にいる間は、現地のスタッフが撮影したデータを送ってもらっています。


バイヨン寺院中央塔の掘削時挙動解析モデル(二次元平面ひずみ)

日本の土木技術は世界に貢献している

そもそも、地盤・岩盤工学に興味をもったきっかけは?

大学受験の年に、阪神・淡路大震災がありました。センター試験を受けた2日後でした。もともとは建築を志望していたのですが、想像を超える災害に遭遇して、「何とかしたい」と感じたことと、土木工学科に入学後、建築や都市計画には依然興味がありましたが、構造や地盤、水理などより“土木らしい”分野に興味を覚え、地盤・岩盤工学を専攻しました。そこから現在の研究につながっています。

今後の抱負をお聞かせください。

バイヨン寺院以外に、タイ国境近くのプレアビヒア寺院の修復の話もあり、まだ当分はカンボジアにかかわっていくことになりそうです。社会安全学部ですから、防災・減災の研究も力を入れ、例えば、高レベル放射性廃棄物の地層処分といった課題にも取り組んでいきます。いろいろ手広くやっていますが、学生には土木の面白さを伝えていきたいですね。また、日本の土木技術が世界各地で役立っているということも知ってほしいです。
 最近はグローバルな人材にならなければいけないと声高に言われていますが、そんな話題が出てくるずっと前から、日本人は世界で活躍していました。日本の遺跡保存・修復活動では、「自分たちの手で自国の文化を守る」というメッセージの下に、現地の技術者と一緒に活動しながら日本の技術を伝授しています。良き日本人の文化を大切にし、今後も海外と交流し、貢献できればと私は思います。