抑圧やゆがみのない民主主義国家を追求する
髙作 正博 教授

民主主義の運営についての研究

抑圧やゆがみのない民主主義国家を追求する

憲法における普遍的原理の徹底に向けて

法学部

髙作 正博 教授

Masahiro Takasaku

11年間、沖縄の琉球大学で研究生活を送り、平和主義や米軍基地問題に携わった高作正博教授。いかにして憲法の普遍的原理を徹底させ、現実とのギャップを埋めていくのかを考える一方で、2年間、パリ第2大学へ留学し、自身の研究テーマであるフランス憲法学も追求してきた。それらの経験を踏まえ、日本の民主主義に対する運営上の問題やその解決法を提唱する。

他国から見る日本の民主主義とは

先生はフランスへの留学経験をお持ちですが、諸外国と日本の民主主義の在り方に特徴的な違いはありますか?

日本と違い、フランスもアメリカもしっかりと議論をします。意見をぶつけ合って納得するところは納得し、納得できない部分は継続して議論する。日本は対決する前に議論を避ける傾向があるので、ぶつかるというプロセスがありません。対決しないことで人間関係を円滑にするというメリットがある反面、結論を先送りするだけで、いつまでも問題が決着しないというデメリットがあります。

今、日本で注目されている集団的自衛権の行使について、フランスではどのように報道されているのでしょう?

現地のニュースや新聞では、日本のことをあまり伝えていないというのが現状です。集団的自衛権の行使については、「現在の安倍政権になり、日本の傾向が良くも悪くも今までとは違う」ととらえられています。危機感を持って見ている人や、何が起こっているのか分からないという見方をしている人もいます。フランスは、基本的に軍事は必要という考え。軍を持たないという思想は斬新と受け止められているところはありますね。

民主主義の運営における抑圧とゆがみ

日本では民主主義運営上のルールとして、何を基本として押さえておくべきだとお考えですか?

人間は価値観や立場、主義主張等、すべてが異なる存在の集まりです。民主主義とは、誰が権力を持っても同じルールの下でそれを使い、そのルールを維持することにより共存・共生を可能にする営みのこと。もし、誰かが権力を持った途端、一方的にルールを変更したらどうなるのか? 野球に置き換えると、阪神タイガースのファンに「阪神が攻撃に回ったからルールを変えよう」と言ったら納得するでしょうか?「それはやってはいけないよ」と間違いの指摘をファンや支持者だからこそ言えることが大切です。誰が攻撃に回ってもルールは変更しないということが基本だと思います。憲法学において、今まで制度面の議論が多かったですが、どのように民主主義が作用され、どのように運営すべきかという側面から全体を見る必要があります。

民主主義国家として、現在の日本における問題点とは?

今の日本では民主主義の抑圧やゆがみの問題が生じています。抑圧の問題には、裁判を利用した「スラップ訴訟」があります。これは国や大企業が公的問題について批判的な発言をした人を標的に提訴するというもの。勝敗は関係なく、判決が出るまでの数年間、比較弱者や一個人である被告を黙らせることを目的とし、研究者やジャーナリスト、市民運動に関わる方等が被害に遭いやすいと言えます。アメリカでは法律等で歯止めをかける議論がなされていますが、日本にはそれがなく、原告の主張が容認されてしまっています。
 ゆがみの問題には、民意を利用した「引き下げ民主主義」や「モラルパニック」があります。「引き下げ民主主義」とは、他者が自分よりも得をしているのではないかという雰囲気を利用し、既得権や特権を批判・攻撃し、公共サービスの切り下げに利用するというもの。例えば、生活保護に対するバッシング。受給者が日頃からパチンコをしている等、ごく一部の人をクローズアップし、監視対象にしたり保護費の切り下げを行おうとしたりする動きがあります。そして、「モラルパニック」とは、特定の人達が危険をもたらすとして攻撃的な扱いを受けてしまうというもの。日本では比較的少ないですが、アメリカでは同性愛者やシングルマザー、未婚女性が逸脱集団としてレッテルを貼られ、批判や排除される現象が見られます。
 それからもう一つ、ゆがみの問題として、住民投票や国民投票を利用した「プレビシット」という悪しき運用形態が生まれることもあります。これは、住民投票や国民投票という民主主義の中で最も個人に決定権のある制度において、本来は政策の是非を巡って議論すべきところを、「あの政治家が言う政策だから賛成しよう」と、人物の評価、好き嫌いが結果に結びついてしまうというものです。歴史的には、フランス革命期のナポレオンによる人民投票がこれにあたるとされ、戦争の勝者、英雄であるナポレオンだからと皆が票を投じた結果、国家は独裁制、帝政へと移行したと言われています。

有権者としてできること

そのような抑圧やゆがみに陥らないために、私たちはどのようなことに注意すればよいでしょう?

民主主義は個人が主役なので、一人ひとりが気を付けて物事を判断する必要があります。自分の結論が出ているとしても、一度違う立場に立ち、そこから自分の立ち位置を見直して、どういう議論があり得るのか応酬をすることが大切です。
 また、住民投票等の際に私達が気を付けるべきことは、政策の是非が人物に対する評価と混ざらないようにすること。誰が提案したかで結果が左右しないよう意識することです。フランスではプレビシットに陥った経験を踏まえ、もともと誰が政策を提案したのか分からなくなるところまで議論を継続してから運用するという考えが主張されています。そのため、むやみに結論を急がない。投票日を先に決めてしまうとそこへ向かって結論を出そうとするので、日本もそうならないよう、提案者が前面に出ないよう工夫することが必要だと思います。

この度、18歳選挙権が実現しました。有権者―特に若者にはどのような視点が必要だとお考えですか?

今の時代、情報源としてインターネットを使うことは必至ですが、自分に都合のよい情報のみを抽出するのではなく、異なる意見にも目を向け、何が事実なのかしっかり見極めることが大切です。また、様々な社会問題に関心を持ち、感情で反応するのではなく、事実や理屈で冷静に考える訓練も必要だと思います。それには人と話をし、読書をすること。本を批判的に読んでみて、書き手と自分とで対比してみる。ニュースやインターネットの情報も批判的に考えてみる。こうして自分と異なる立場との対話を積み重ねていくと、考え方を鍛えることができます。自分の立場を明確にすることは、対立する可能性も生まれ、怖い面もある。しかし、その壁を越えることが重要であり、議論により生まれたつながりを大切にしてほしいですね。

今後の展望をお聞かせ下さい。

今 、憲法が大きな関心を集めています。本来、憲法は空気のような存在で、目に見えなくても皆が安心して暮らせるためにあるもの。脚光が当たる状況というのはある意味、危機的な状態です。私は民主主義の運営を後退させないためにどうしたらよいのかを憲法学の観点から発信したいと考えています。また、最近は講演会等に招かれて話す機会を多く頂いています。その際、個人的な主義主張ではなく、立憲主義の歴史や思想を客観的に語ることで「では、現状をどのように考えますか?」と、現状に対するメッセージを送っていきたいと思っています。