多様化する親子関係を探る
大和 礼子 教授

親と成人子の関係についての研究

多様化する親子関係を探る

同居や相続、介護、育児支援に関する考え方の調査・分析

社会学部

大和 礼子 教授

Reiko Yamato

欧米では17~18世紀の産業革命や市民革命を経て、「核家族が自然な家族のあり方」といった考えが広まり、それが第2次大戦後の日本にも流入した。しかしその後の少子高齢化や経済成長の停滞等により、現代日本の親と成人子の関係は多様化の道をたどっている。家族社会学を専門とする大和礼子教授は、円滑な親子関係構築のために、それぞれの立場における考え方や行動を調査・分析し、現代という時代に適した親─成人子関係についての共通認識とは何かを模索する。

核家族化、そして家族の形の問い直し

家族社会学に興味を持ったきっかけを教えてください。

日本の家族の形は高度経済成長期を境に大きく変容しました。それまで高齢者の8~9割は子と同居していたのですが、次第に別居が増えていきました。私の実家は兵庫県の田舎で、子供のころは祖父母と同居していました。私が大学生のころ、「核家族時代の到来」といったことが言われていたのですが、「もしうちが核家族だったら、祖父母はどうしていただろう?」と疑問に思ったことがきっかけです。また同じころにフェミニズム運動が広まり、男性は仕事、女性は家庭という性別分業が問い直され、女性が働くことも肯定的にとらえられ始めました。私は既に一人暮らしをしていましたので、将来、誰かに経済的に依存し続けることに不安を感じ、フェミニズムにも関心を持つようになりました。性別分業はベストなのか? そもそも家族とは何なのか? それらが問い直され始めた時代が、私自身の大学・大学院生時代と重なったのは大きかったですね。

親子関係の長期化・親密化・援助の方向の変化

ご専門の研究内容についてお聞かせください。

近年は、「親と成人子の関係」を主なテーマに、人生後半の親子関係について、援助や相続等の経済面と、介護や育児、家事等のケア面からの研究を行っています。
 育児など人生前半の親子関係は、生物学的条件の影響があり、国が違っても共通する部分が多い。関連する統計も国際比較しやすいし、国際学会などで文化的背景が異なる方にも理解してもらいやすい。しかし、人生後半に成人子と親がどういう関係を持つかは、社会・文化的な現象であり、国によって異なります。例えば、日本では親と成人子の同居は当たり前のこととされてきましたが、現代の北欧では近くに住むことはあっても同居は珍しく、するなら娘とです。社会の仕組みや文化が違うため、ある国で当然とされることが別の国では理解されにくい。国によって統計の取り方も違い、国際学会などでの説明も難しいのですが、その点こそが面白いと思っています。

日本における親子関係は、どのような変遷をたどっているのでしょう。

戦前は今ほど平均寿命が長くはなく、統計によると成人子が結婚して3~4年後には父親が、9~10年後には母親が亡くなっています。そのため、3世代同居の期間も短かったのです。しかし、現代は子供の独立時期が遅くなり、未婚化も進み、親も80、90歳と長生きするようになりました。必然的に親と成人子が共に過ごす期間も30~40年、人によってはそれ以上と、戦前よりも圧倒的に延び、同居する場合はその期間も長くなりました。また子供の数が少なくなったので、親と子の関係は以前より緊密化しているかもしれません。さらに1970年代までは「老親扶養」といった言葉が使われ、成人子が親を養うのは当たり前でしたが、その後の年金の充実や成人子世代の雇用不安定化等により、一緒に外食をしても親が代金を払うなど、親が成人子を援助するようになって、援助の方向も変わってきました。


親─成人子関係の国際比較研究のために訪れたシンガポールでインタビューを行う大和教授

異なる考え方を認識し、よりよい親子関係を

親子関係を持つ期間が長くなると、同居だけでなく、育児や介護での関わりも増えますね。

そうですね。結婚後の「同居」については、昔ながらの考えだと、息子が親と同居して介護等もし、相続も息子がするものとされていました。しかし、例えば「育児支援」について調べてみると、子供が幼い間は夫方親との援助関係が優位ですが、子供が成長するにつれて妻方親が優位になっています。また大学生を対象とした意識調査によると、女子学生の大半が、介護するなら自分の親(妻方親)と考えているそうです。こうして「介護」等に息子ではなく娘が関わったとしたら、「相続」は息子優位なのか、それとも平等にするのかといった問題が浮上します。さらに別の意識調査では、子供には平等に相続させたいと考える親が多数派であり、昔のように息子優位が当たり前ではありません。現代日本の親─成人子関係にはさまざまな考えが並存しており、今が過渡期だと思います。
 さらに現代は、憲法で男女平等がうたわれ、相続などはそう規定されていますが、すべての制度が男女平等かといえば、そうでもありません。雇用制度や年金制度、税制には性別分業が反映されており、女性は男性の扶養家族と想定され、それを優遇する制度も残っています。そのため、家事や育児は自然に女性が中心となり、親の介護も娘がするようになる。娘家族との関係が中心となる素地も十分にあるわけです。

このように多様化する親子関係の分析は、社会でどのように役立つのでしょう?

同居や相続、介護、育児支援に関する考え方は、夫と妻、兄弟姉妹の順位、妻の収入の有無等によって異なります。相続紛争で兄弟姉妹関係が悪くなったという話をよく聞きますが、それは我が家でも有り得ること。立場によって考えが違うという事実を知っていれば、自分にとっての常識を通すのではなく、話し合いで物事を決めることができます。私は、立場によってどのような考え方の傾向があり、どのような行動をしがちなのかを明らかにし、それを知識として共有することで、「家族といった親しい間柄でも話し合いが必要」ということが、社会の共通認識として広まればと思っています。
 今は「相続」に関する調査分析に着手しているのですが、相続にも息子優位、平等、そして(娘が介護などを担った場合は)娘優位という3つの考えが並存しており、今後、ある種のパターンに収束していくのか、さまざまなパターンがそのまま残って多様化するのかはまだ分かりません。日本人は相続についてあまり語りたがらないため、データ等も多くないのですが、先日、全国を対象とする独自のアンケート調査を行ったので、結果を分析するのが楽しみです。

人生の節目を前にして

ゼミでの活動も教えてください。

ゼミの学生は、ちょうど未成人子として親との関係を終えつつあり、成人子としての親との関係を迎える時期にあります。彼らに直結する課題は、就職や独立、結婚ですから、「結婚前の成人子と親の関係」や「独立時期の親との関係」が主なテーマ。それに加えて、その先にある育児援助や同居に関する調査の結果なども伝えています。実際、それによって地元での就職を決めたという男子学生や、仕事を続けるために自分の親との同居を具体的に意識し始めたという女子学生もいて、人生を選択する一つの材料になったことをうれしく思っています。

今後の抱負をお聞かせください。

現在、性別分業や育児期の女性の就業、家事の分担など、女性の労働についての研究にも取り組んでいますが、それらに加え、今後は「女性の退職」についても研究したいと思っています。これまでは女性の退職とは結婚退職を意味していましたが、これからは私を含め、男性と同じ意味での退職を迎える女性が増えてきます。その先駆けとなるような研究を進められるとうれしいですね。