環境問題に潜む見えない事象を制御する
新熊 隆嘉 教授

経済活動が環境問題に及ぼす影響の研究

環境問題に潜む見えない事象を制御する

非対称情報下における環境政策を提言

経済学部

新熊 隆嘉 教授

Takayoshi Shinkuma

地球温暖化を引き起こす環境汚染に対し、従来から直接規制に偏重しがちな日本。しかし、世界の流れは課税や排出権取引をはじめとした経済的手段を取り入れる方向へと進んでいる。地球環境を最適な状態へ導くために、新熊隆嘉教授は産業廃棄物の不法投棄や汚染防止のための努力、資源採掘に絡んだ汚職など、表立っては見えない事象をコントロールする仕組みづくりに尽力する。

経済活動を制御し、環境問題にアプローチ

環境経済学とはどのような学問ですか?

一言で述べると、環境問題を解決するための政策を提示する学問です。ほとんどの環境問題は人間の経済活動が原因であるため、解決へと導くには経済活動をコントロールする必要があります。企業や個人は経済インセンティブに反応しますから、汚染物質排出に対する課税などの経済政策が非常に有効な手段となってくるのです。

環境経済学に興味を持ったきっかけを教えてください。

大学生時代にアメリカ・ボストンへ遊びに行った際、街の古本屋でEnvironmental economics(環境経済学)のテキストを目にしたのがきっかけです。当時、日本にはそのような学問はなく、「なんだ、これは!」と思いました。環境と経済学がどのように結び付くのか想像がつかなかったのです。開いてみるととても数学的な分析がされており、驚いて購入しました。そして夜な夜な辞書を引き、4カ月程かけて読み終えた時、「もっと環境経済学を学びたい」と思いました。そのころ、日本には本場アメリカで修めた環境経済学者は一人しかおらず、その方が教鞭を執る大学院へ進む決意をしました。

なぜ、そこまで魅かれたのでしょう?

衝撃を受けたのは、「Optimal control」─環境汚染を最適制御し、持続可能な開発をするという概念です。例えば、排出権取引は権利さえ買えば汚染物質を排出してもよいという仕組みで、課税は税金さえ払えば汚染してもよいという仕組みです。「環境は汚してはいけない」という意識を根底に持つ日本人の私には、とても違和感がありましたが、同時に、日本人にはそのような考え方が不足しているとも感じました。当時、日本はまだまだ環境汚染を問題視せず経済成長を優先させていました。これはコントロールしないと止まらない。それで欧米の発想を学ばなければと思ったのです。


  • カンボジアでの調査(2009年)
    アンコールワットで記念撮影


  • インドでの調査(2010年)
    デリーにあるスラム街の子供たち

見えない事象を遠隔的にコントロール

現在、新熊先生が研究中の「非対象情報下での環境政策」についてお聞かせください。

非対称情報下というのは、ある情報について一方は知っているが他方は知らないという状況のことです。例えば、廃棄物の不法投棄や不適正処理は隠れて行われるため、政府は環境汚染者(企業や排出者)の行動を把握して規制することができません。また、社会全体の排出削減費用を考えた場合、多大なコストがかかる企業より、容易に削減できる企業に多く削減してもらうのが理想ですが、各企業の費用構造は観察できません。このような非対称情報下で、どのようにして社会に最適な状況を作り出すか。その仕組みを探る研究をしています。

なぜ、非対称情報に着目されたのですか?

以前、私は廃棄物処理とリサイクルの研究に携わっていました。国際資源循環を調査するために世界中を飛び回り、多くの現場で目の当たりにしたのは、不法投棄や不適正リサイクルといった(隠れて行われるために)観察不可能な行動を制御することの困難さでした。そして、不法投棄を制御する仕組みの考案をきっかけに、非対称情報の研究にシフトしました。

不法投棄を制御する仕組みとは?

「排出税」と「ライセンス」、「マニフェスト制度」の3つを組み合わせました。方法としては、廃棄物処理業者に対し、処理技術に応じて排出税の異なる複数のライセンスを提示し、どのライセンスにでも申請可能とします。排出者(企業)はどの業者にでも委託でき、どのライセンスを持つ業者に廃棄物を預け、どう処理したかをマニフェストに掲げます。どの業者が適正に処理するか、現行制度では政府には把握不可能な上、廃棄物処理業者だけでなく排出者も不法投棄する可能性もありますが、この仕組みを適用すれば、排出者が業者に適正処理を求めるため、不法投棄は防げるのです。

直接目に見えなくてもコントロールできるのですね。環境汚染対策として、他にどのような仕組みが考えられますか?

投稿中の論文の一つに、「課税率を試行的に変えていく」方法があります。1年目と2年目で少し異なる課税率を適用し、それに対する排出量の違いから排出者の情報を得て最適な税率を導き出します。それを3年目以降に適用すれば、コントロールできるという仕組みです。
 もう一つ、汚染者に「自己申告させる」方法もあります。例えば、タンカーのオイル流出事故。誰もが事故を起こさないための努力はしているけれど、証明はできない。努力水準は目に見えないため、政府も観察不可能であり、分かるのは何隻の船が事故を起こしたかという事故確率だけ。そこで、タンカーの所有者に自分の予想される事故確率を申告してもらい、タンカー所有者全体の平均申告事故確率と実際の事故確率の差に応じて個々のタンカー所有者に罰金を課します。すると、各タンカー所有者は虚偽の申告をするものの、結果として、社会的に最適な努力をするようになるのです。


  • 中国・台州市のリサイクル工業団地


  • バングラデシュ・ダッカのスラム街にある渡し船


  • フィリピンでの調査(2011年)。マニラのダンプサイト(廃棄物処分場)

資源保有国と先進国間の闇を探る

今後の展望をお聞かせください。

次のテーマは、「Resource curse(リソース・カース)」の解明です。これは、“資源の呪い”とも称されるもので、豊かな資源を持つ国ほど所得格差が大きく貧困であるという逆説的な現象のことを言います。その原因の一つに、天然資源の輸出拡大が自国通貨高をもたらし、製造業の国際競争力が損なわれる「オランダ病」と呼ばれる現象があります。また、資源採掘は技術の蓄積を生まないため、経済成長が遅れることも考えられます。さらに、私が着目するのは「Corruption(汚職)」です。例えば、イギリスやアメリカなどの多国籍企業が資源保有国にやって来て、その国の大統領や政治家にわいろを払い採掘権を得る。エリート層にお金をばらまいて買収し、安いロイヤリティで資源を持ち帰るため、結果として国は潤いません。アフリカを中心に何カ国かへ調査に行ったのですが、それらの国々に共通する特徴は公務員が異常に多いということです。Resource curseの原因は政治家と公務員、多国籍企業による汚職の関係にあるのではないかと私は思っています。

Resource curseの矛盾は解消できそうですか?

それが目標です。我々は内政干渉はできません。外部から資源の需要者に何ができるのか。今、考えているのは、汚職の関係などが明るみに出た場合、多国籍企業の投資家に罰則を課し、資金の流れの透明性を担保するインセンティブを作る方法です。この研究はカナダ・モントリオールに共同研究者がおり、私も2013年9月までの1年間は渡航していました。今夏は向こうのセミナーで報告する予定なので、これからさらに忙しくなりそうです。