大岡春卜の絵巻物コンテンツを開発
林 武文 教授

文化資産のコンテンツ化の研究

大岡春卜の絵巻物コンテンツを開発

浪花大阪をインタラクティブに情報発信

総合情報学部

林 武文 教授

Takefumi Hayashi

大阪に生まれ、大阪に育てられた関西大学は、浪花大阪の文化資産に新たな光を当て、継承・発展を図る活動を進めている。この活動にかかわるのは歴史、文化、社会などの研究者だけではない。総合情報学部の林武文教授も、長年打ち込んできた人間の知覚についての研究と新たな情報処理技術の開発成果を生かし、淀川の絵巻物や大正時代の道頓堀の風景を題材にしたコンテンツを開発するなど、最新技術を取り入れた親しみやすい情報発信で大いに貢献している。

江戸の絵巻物と現在の淀川を往還する展示

関西大学図書館秘蔵の絵巻物『浪花及澱川沿岸名勝図巻』を題材に、コンテンツを開発されましたね。

『浪花及澱川沿岸名勝図巻』は、江戸時代中期の大阪画壇を代表する絵師・大岡春卜の作で、当時の淀川沿岸の様子を描いた全長約8メートルにも及ぶ絵巻物です。これを日立製作所の協力で超高精細デジタルデータ化し、そのデータから高品位のレプリカを制作した他、絵巻物に書き込まれた地名の文字にタブレット端末をかざすと、その場所の解説が聞けるARコンテンツ、絵巻物を舞台にしたゲームコンテンツ、絵巻物に描かれた淀川上空をGoogle Earthによって飛行する「フライスルーコンテンツ」などを開発しました。

それらのコンテンツは一般にも公開されたのですか?

今年2月に関西大学社会的信頼システム創生センターと関西テレビが共同で、同社の扇町スクエアで開催した「淀川今昔明日ものがたり」で公開しました。これが好評で、5月には、グランフロント大阪のナレッジキャピタルThe Lab.で「淀川今昔明日ものがたりⅡ」が開催されることになり、4Kカメラを使用してモーターパラグライダーで空撮した淀川沿岸の映像コンテンツを新たに加えて展示しました。この2つのイベントでは、巨大なモニタに映し出された絵巻物の超高精細画像を使って、美術史がご専門の中谷伸生文学部教授、社会学がご専門の与謝野有紀社会学部教授による解説も行われました。他には、関西大学博物館での展示、オープンキャンパス、CGの国際会議SIGGRAPH 2014でも披露しています。

どうして、絵巻物をコンテンツ化することになったのですか?

これはVOLCANOプロジェクトという本学の学内連携プロジェクトの活動として行ったもので、中谷教授、与謝野教授もプロジェクトメンバーです。このプロジェクトは、浪花大阪の文化資産の発掘と展示を行い地域の活性化に貢献することを目指しています。私はその中で、文化資産に新たな価値を付加するためにCGをはじめ、情報処理や可視化の研究成果を生かして、情報コンテンツを開発しています。
 大岡春卜については伊藤若冲や円山応挙にも影響を与えた先駆者でありながら、日本の美術史から忘れられた絵師で、そういう存在の再評価を促したかったことがこの絵巻物を題材にした理由の1つです。また、実物の絵巻物が図書館の外に頻繁に持ち出すことができない貴重な図書な上に、8メートルもあるので展示も容易ではありません。しかし、データ化すれば手軽に鑑賞できます。さらに、コンテンツ化することで郷土史や美術に関心がある方はもちろん、子供からお年寄りまで楽しみながら興味を持っていただけるだろうと考えました。

フライスルーコンテンツ


最新4K液晶パネルで上映された空撮映像


  • モーターパラグライダーで旧淀川上空から見た現在の映像を撮影



  • Google Earthによって上空を飛行する


  • 絵巻物(レプリカ)に書き込まれた地名の文字にタブレット端末をかざすとその場所の解説を聞くことができる


  • 巨大モニタに映された超高精細画像

道頓堀の芝居小屋風景を学生と共に復元

他にも文化資産をコンテンツ化されていますか?

淀川の絵巻物についてはここ1年ほどの取り組みですが、その前に、2010年から本学大阪都市遺産研究センターの可視化プロジェクトとして、大正時代の道頓堀の景観CG復元に取り組んできました。
 現在の道頓堀は“くいだおれ”の街のイメージが強いですが、大正時代には道頓堀五座と呼ばれる芝居小屋が立ち並ぶ文化的な街でした。今では当時の景観は残っていませんが、古い地図や文献、写真などを基に、戎橋筋から堺筋までの間の五座と周辺の街並みを復元しました。この動画は現在、大阪都市遺産研究センターのサイトでご覧いただけます。このCGを発展させて、テレビゲームのようにコントローラを使って道頓堀の街を探索したり、画像や音声による解説、クイズなども楽しみながら、歴史学習や観光情報を得ることができるインタラクティブなコンテンツを、総合情報学部の学生達と一緒に開発しました。

学生達が開発にかかわっているのですか?

そうですね。総合情報学部には映像制作、プログラミング、コンテンツ開発などいろいろなことをやっている学生がたくさんいます。彼らに私が「こういうものを作ったら面白いんじゃないか」と投げかけると、彼らもアイデアを出す。そのアイデアをどんどん作り込んで、できあがると展示会に出すという感じで、コンテンツは学生が中心になって開発しています。開発の過程では地域の方々と交流する機会もあります。コンテンツを体験した人の反応を見ることで初めて分かる改善点もあります。講義だけでは身に着かない技術や知識を、実践を通じて得ることができるので、学生と一緒に取り組む素材としては、これは大変良いテーマだと思っています。

知覚研究の成果を生かした新しい歴史体験を

林先生は歴史も以前から詳しかったのですか?

いえ、全くそんなことはありません。私は元々、NTTの研究所に10年程勤めていて、そこでは工学的な数値計算をやっていたのですが、関西大学に来てからは、ヒューマンインタフェースの研究から、錯視や奥行きの認識、画面を見る時に人はどのように視線を送っているのかなど、人はどのように視覚情報を処理しているのかといった人間の研究を15年ぐらい進めてきました。コンテンツ開発も以前から少しずつ手がけていましたが、歴史や美術については大阪都市遺産研究センターに関わるようになって学び始めたところです。実は歴史は苦手だったのですが、最近、面白いと思えるようになってきました。

今後も大阪の文化遺産のコンテンツ化、情報発信の取り組みを継続していくのですか?

2016年に130周年を迎える関西大学の記念事業の1つとして、来年、「関西大学なにわ大阪研究センター」が設立されます。このセンターは永続的な「大阪研究の拠点」として、人文、社会、情報、防災、理工学を統合した「総合科学」の観点から活動し、成果を内外に発信していくとされています。このセンターで現在の取り組みを継続していければと考えています。

今後、どのようなコンテンツ開発、情報発信をしたいですか?

地元大阪の人でも知らない、忘れ去られようとしている文化資産を次世代にいかに伝えるか。そのために、一般の方にも分かりやすい可視化、情報発信を工夫していきたいです。
 また、私がこれまでやってきた人間の知覚についての研究等の成果を総合的に投入して、新しい体験を提供する新技術のコンテンツも開発してみたい。例えば、視覚と触覚、嗅覚など人間の複数の感覚を組み合わせ、現実にはその場で感じないはずの錯覚を利用した表示などができれば、面白いだろうなと思っています。