放熱性の高いエポキシ樹脂を開発
原田 美由紀 准教授

ネットワークポリマーの研究

放熱性の高いエポキシ樹脂を開発

電子部品材料としての可能性を広げる

化学生命工学部

原田 美由紀 准教授

Miyuki Harada

身近な電子機器から航空・宇宙分野まで、幅広い先端工業分野で利用が進む高分子材料。大学4年次で、高分子材料の世界に出合った原田美由紀准教授は研究者の道に進み、結婚・出産後もエポキシ樹脂を中心としたネットワークポリマーの研究にまい進。エポキシ樹脂に熱伝導性の良さという新しい特性を付与することに成功し、電子部品材料としての用途を拡大する研究として大きな注目を集めている。

規則正しい構造を導入し、機能性を高める

原田先生の高分子応用材料研究室では、どのような研究をされているのですか?

高分子には、熱可塑性高分子と熱硬化性高分子があります。熱可塑性高分子は、レジ袋でおなじみのポリエチレンなど、熱を加えると融けてしまう合成樹脂。熱硬化性高分子は、熱を加えると化学反応によって硬化する合成樹脂のことで、一度熱を加えて固めると、再度熱を加えても融けることがありません。私たちが研究しているのは熱硬化性高分子の方で、中でもエポキシ系ネットワークポリマー(エポキシ樹脂)を専門に扱っています。

エポキシ樹脂は、どのようなところで使われていますか?

耐熱性と接着性に優れた特性があることから、以前から工業用の接着剤や塗料に利用されています。例えば、接着剤として高速道路の橋脚にも使用されています。また、絶縁性にも優れているため、ICチップを保護する封止材や電子部品の基板材など、電子部品材料としての用途が広がってきています。

エポキシ樹脂のどのような研究に力を入れているのですか?

電子部品材料として期待される機能は、従来の接着剤で要求されていた機能だけに留まらず新たなものが必要になってきます。ICチップは動作すると熱を発します。その熱を外部に放出させず、中にこもったままにしてしまうと誤動作を起こします。そのため、電子部品材料には放熱性、すなわち高熱伝導性が求められます。ところが、通常のエポキシ樹脂は、熱伝導性が良くありません。これを改善するための研究に取り組んでいます。

どのように熱伝導を良くするのですか?

絶縁性に優れた物質では、熱を伝えるのは主として分子振動によるので、分子の振動を途切れることなくうまく伝えるという特性を付与できれば熱伝導率を高めることができます。熱可塑性高分子では、結晶のように分子が規則正しく並んでいると、分子の振動を効率良く伝えられるので、熱伝導性が高くなることが知られています。だとしたら、エポキシ樹脂にも分子の規則正しい構造を作って固定化すれば熱伝導率が高くなるのではないかと考え試したところ、期待していた結果が表れました。

狙った機能を持たせるように構造を設計したということですね。具体的にどのような実験を試されたのですか?

分子構造で表すと、エポキシ基が複数個付いている化合物をエポキシ樹脂といいます。ただし、エポキシ基が複数個付いているだけでは単なる低分子量のモノマーで、これに硬化剤等を混合して反応させるとモノマー同士がつながり合い、ネットワークポリマー(網目状高分子)になります。また、一方で液体のような流動性を持ちながら結晶に近い規則正しさも併せ持つ、液晶という状態を形成できるメソゲン基というものがあります。そこで、メソゲン基を導入したエポキシモノマーを合成し、そのモノマーの規則性を高めた状態でネットワークポリマーを作ったところ、放熱性を大幅に改善することに成功しました。


  • 原田准教授が開発した、高い放熱性を持つエポキシ樹脂


  • エポキシ樹脂の構造制御による高強靱・高熱伝導材料の開発

大学だから挑戦できる研究がある

熱硬化性高分子の研究室ですが、低分子モノマーの有機合成からトライしたということですね。

そのとおりです。私たちのような熱硬化性高分子の研究でよく行うのは、アルミケースなどでエポキシ樹脂と硬化剤を混ぜて、加熱によって反応させるといった実験が多く、反応条件を変化させたり、さまざまな添加物や充填剤を混ぜるなどの工夫をして新しい機能を導き出そうとします。しかし、放熱性を高めるためには、従来の実験方法では不十分。高分子ではなく低分子モノマーの化学構造を設計する段階から取り組まなければ、この課題を解決できないと考えました。しかし、普段私たちが扱う高分子量の樹脂に対して、モノマーは分子量が数百程度ですから、全く世界が違います。新たな勉強もたくさんしなければなりませんでした。

研究成果に対する反響はいかがでしたか?

かなり大きかったですね。いろいろなところから声をかけていただいて、講演も数多く行いました。また、企業との共同研究にも発展しました。エポキシ樹脂の研究をしている企業はたくさんありますが、モノマーの合成から始めるとなると、従来とは違う新たな研究方法を取り入れなければいけません。そのため、企業としてはなかなか手を出せなかったのではないでしょうか。私たちが今までにない機能を明らかにしたことで、この研究にマンパワーと費用を投資しても価値があると、企業が判断できる材料を示すことができました。この研究がきっかけで、世の中に役立つ製品の開発につながるかもしれません。すぐに実用化ができなかったとしても、この方向性で研究を行えば新しい芽が出てくるという結果を明らかにすることで、大学に期待されている役割を果たすことができたのではないかと思っています。

社会との関連を確信すると研究が面白くなる

研究を続けてこられて、どのような時にやりがいを感じますか?

遠い将来のことかも知れませんが、私たちの研究が社会と関連していることが感じられるようになって面白いと思い始めました。
 
 学生にも積極的に外部の講演会などに参加してもらい、産業界のトレンドに触れさせています。自分のテーマとの実社会の接点を見付けられると、研究にも身が入ってきます。大学に高分子の研究室はたくさんありますが、私たちのように、はっきりと実用化を視野に入れている研究室は多くはないと思います。

研究に行き詰まり、解決するアイデアが出てこないような状況はどのように打開するのですか?

まず試すのは、異分野の考え方を勉強することです。異分野の常識が、私たちの分野では常識ではない場合がよくあります。既存の理論や常識にとらわれず、異分野での考え方を取り入れると、新しい発見につながることがあります。液晶をエポキシのポリマーに導入したのも一つの事例と言えるかもしれません。少し離れた分野の発想を、自分の研究領域にいかにアレンジして取り入れるか。これは、課題をブレイクスルーするための一つの方法だと思っています。

今後の抱負をお願いします。

一番の目標は、やはり、現在の研究から生まれた新しい製品が社会に出ることです。また、ネットワークポリマーには、エポキシ以外にもフェノールなど他のものもあります。それぞれの材料に対して、同じように分子を規則正しく並べた構造を応用させることで、エポキシでは対応できない分野での可能性を感じています。新たな研究も展開していきたいですね。


  • 実験の指導をする原田准教授


  • 活気ある高分子応用材料研究室