No.36

アメリカ近代建築の研究
R.シンドラーの建築思想と空間構成
現代建築に与えた意義を探る
環境都市工学部 建築学科
末包 伸吾 教授
Shingo Suekane

ウィーンに生まれ、アメリカに渡り、ロサンゼルスを中心に1920年代から50年代に活躍した建築家、ルドルフ・シンドラーは、今、建築史上の重要な人物として新たな脚光を浴びている。阪神間の住宅を中心に建築家としても活躍する末包伸吾教授は、現代建築への多くのヒントを含むシンドラーの思想と作品に早くから着目し、シンドラー建築を丹念に検証する研究で世界のシンドラー研究をリードしてきた。
地域性を取り入れたシンドラーの手法
末包先生はルドルフ・シンドラー研究の第一人者と伺っています。シンドラーはどのような建築家ですか?
1900年代初めから1960年代半ばぐらいまでを近代建築の時代と呼びます。この時代は工業化社会を背景にガラス張りの四角い豆腐のような建築が一つの理想とされ、それが世界中に広がりました。その結果、その土地で暮らす人々が大事にしてきた文化がどんどん失われ、どこの駅で降りても、同じ風景しか見られなくなってしまいました。
私が研究しているルドルフ・シンドラーという建築家は、近代建築の時代の真っ直中にいながら、同時に近代批判をしていた人物です。極めて近代的でありながら、気候条件といった地域性を非常に大事にした建築を作りました。
そしてもう一つ、シンドラーは「空間」という言葉を建築の世界で最初に使って、空間が建築で一番大事だと言い出した人物でもあります。
近代における近代批判と、空間という概念の提唱という2つの側面で彼を捉え、その作品と思想を理論的に研究することは、現代の建築に対するヒントになるだろうと思っています。
シンドラーが設計した住宅には彼の批評性や思想が表れているのですか?
シンドラーは1922年にロサンゼルスに自邸を建てました。それまでのカリフォルニアの建築の流行はスパニッシュ・コロニアルといって、分厚い壁で屋外の自然から室内を守るという建築でした。しかし、シンドラーは雨の少ない温和な気候を生かし、パティオに面した部分には完全に取り外すこともできる引き戸を採用し、室内の床と屋外のレベルを合わせて、内部と外部の差異を無くしました。暖炉も屋外に設置し、夜は外で寝ましょうと寝室の代わりに「スリーピング・ポーチ」を屋外に設け、機械的な暖房施設も取り入れませんでした。
このように近代的な機械にも電気にも頼らない自然の中に身を置く空間を作り出した一方で、彼はコンクリートという住宅向けには大変新しい素材を採用しました。
近代の恩恵も享受するけれど、同時に地域の文化の核を忘れない、その両方を兼ね備えようというのがシンドラーの近代批判の一つの主張であり、彼は自邸をはじめ、空間というものを媒介にして、地域性を取り入れたさまざまな趣向を凝らした建築を生涯にわたり作っていきました。
シンドラーの建築は当時どのように受け取られたのでしょう?
当時は、あまり高い評価を得られませんでした。シンドラーは空間を追求し、建築スタイルを変え続けたことも理解されなかった理由の一つと考えられます。
しかし、今、世界的にロサンゼルスの近代建築に注目が集まっていて、その源流としてシンドラーは捉えられています。そういう点で、影響を受けている現代の建築家は増えていると思います。
どのような方法でシンドラーについて研究されたのですか?
シンドラーは生涯に110ぐらい住宅を作っているのですが、まずはその図面をすべて自分で一から作り直しました。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校に、世界的に有名な建築図面コレクションがあって、シンドラーのものはすべてそこに残っているのですが、原図といわれるもので読み取るのは一苦労。1つの建築で40~50枚の原図が通常ありますから、4000枚以上を数週間泊りがけで通い詰め、朝から晩まで1枚ずつ見ていきました。そうして図面を自分で描いていくと、彼が人間の身体性を重視した寸法を採用するなど、自分の中で一定のルールを決めて設計していたことが徐々に分かってきました。その研究で論文を書き、今は雑誌などに寄稿した文章を分析し、彼の残した言葉を研究している最中です。

シンドラー邸
阪神間を舞台に計画・設計を実践
末包先生は建築家としてもご活躍されていますが、どのような仕事をされているのですか?
阪神間の西宮市、芦屋市などを中心に、個人住宅をメインにこれまでに十数軒の建築を手がけています。2000年に若手建築家の登竜門といわれる「SDレビュー」入選、2006年に「日本建築家協会優秀建築選」に選ばれるなど、何度か入選・受賞することもできました。
住宅を設計するときに大切にしていることはありますか?
一番に考えるのは、やはり施主の夢をいかにバランスよく実現するかということです。その上で、さらに施主を驚かせるプレゼントをしてあげたいという思いで設計しています。住む方が楽しい毎日を過ごし、毎日何か発見があるような住宅を作りたい。そのためには、地域を深く読み込んでいかなければ発見を提供できません。今は特に“阪神間モダニズム”をテーマの一つに掲げながら設計しています。ある住宅では、海が見え、山が見え、傾斜地を歩く阪神間の特徴的な体験を家の中に凝縮して織り込んだ設計をしました。
SUEKANE Works
?「b-in-d」 SDレビュー 2000入選
コの字型の構造で全体の構成を作り出した個人住宅
(鉄骨造・2001年竣工)
?「M邸」 日本建築家協会優秀建築選2006
3枚の傾いた壁で全体の構成を作り出した個人住宅
(鉄筋コンクリート造・2005年竣工)
建築はすべてが人の生活に関わる
今後の抱負をお聞かせください。
私は5年ごとの計画を立ててここまでやってきました。大学から社会に出たのが、25歳。30歳までは社会人の基礎を固め、建築の実務を知ろうと、建設会社の設計部で働き、一級建築士の資格も取得し、結婚もしました。次の5年間は、大学に戻って研究者としての基礎固めをしました。35歳からは建築家としての活動も始め、40代前半はその発展期。45歳で本学に来て、現在50歳です。この先の5年はシンドラーの研究をもう一段階深めて、私自身の設計との関係を問いたいと考えています。シンドラーは私にとっていまだに大きな謎です。その謎をもう少し解き明かせればと思っています。その次の5年は私自身の建築思想を追究したい。結局、まだまだ建築のことを知りたいのです。
建築の面白さとはどのようなところでしょう?
数学が得意な人も歴史好きな人も、文系理系を問わず誰もが何かしら自分に合うことを見つけられるのが建築です。建築はすべてが人の生活に関わってくることで、そこがやはり面白い。
家族は私のことを“建築オタク”と呼んであきれています。どこへ行っても、「この空間は気持ちいいか」と考え、テレビを見ても「あの建物、誰の設計だろうか?」と思い、頭から建築が離れることがありません。
