地域産業の盛衰とコミュニティ
橋口 勝利 准教授

近代経済史の研究

地域産業の盛衰とコミュニティ

関西地域の活性化に向けた具体的行動の実践

政策創造学部 政策学科

橋口 勝利 准教授

Katsutoshi Hashiguchi

丹念に資料を発掘し、明治から第二次大戦前までの繊維産業を調査した橋口勝利准教授が明らかにしたのは、戦前の地方企業の強さと産業の盛衰が地域コミュニティに与える影響の大きさだった。「関西地域の活性化に向けた具体的な実践」をテーマにゼミを指導。学生は地域の中に入り込み、多くの出会いを通じて、地域の活力を育てる難しさと楽しさを体験的に学んでいる。

戦前の繊維産業における中小企業の力

橋口先生のご専門の研究内容は?

近代日本経済史、特に明治後期から第二次大戦前までの紡績や織物などの繊維産業に着目して研究しています。ご存じの通り、戦前の国内産業の中で、繊維産業は中心的役割を果たしました。紡績は、ユニチカの前身である大日本紡績など大企業が中心でしたが、織物は愛知県の知多地方、大阪府の泉南地方など中小企業が非常に活発な産地があり、1930年代に日本の織物輸出が世界一になったときにも、その多くを中小企業が担っていました。現代でも日本は中小企業の力が強い国ですが、その強さは戦前からあったのではないかと関心を持ち、大学院生時代から一貫してこのテーマを研究してきました。

地方の中小企業はどうやって競争力を付けたのでしょうか?

産地の中小企業の強さの理由として、1つは独自の技術を持っていたことが挙げられます。手の込んだ技術を取り入れることで、大企業が真似できない製品を作る能力を持っていました。もう1つはその地域の商人の存在です。商人がニーズを的確に判断しながら市場の情報を産地の生産者に伝えると同時に、その産地の中小企業にそれぞれ特徴に応じた商品を発注していました。地方の中小メーカーは名古屋や大阪など大消費地の商人の言われるがままに製品を作っていたというイメージがあるかもしれませんが、地域の商人が中小企業の力を把握しながら分散的に仕事を与える、先進的な下請け制度を既に持っていて、それが産地の競争力となっていたのです。

戦前の地方・中小企業の調査はどうやって行うのですか?

地域の商店に調査に赴き、資料を読ませていただくのですが、廃業されている会社も多く、当主だった方のお宅を探して残っていた帳簿を見せていただいたりしています。この研究で一番難しいのが資料にアクセスすることです。「よく分からない若いやつには資料を見せられない」と電話の段階で断られることもありますし、インタビューの途中で追い返されたこともありました。しかし、そのような方に限って、通い詰めて信頼を得るととても力になってくださって、大量の貴重な資料を「あなたに全部提供します」と預けてくださったりしました。
 地域産業の発展を知ることも大事ですが、その時代を生きた方々の在りし日の姿を記録から明らかにすることも研究の喜びです。資料との出会いや、その資料を貸して下さる方との出会い。さまざまな出会いやつながりから、研究は当初には思いもしなかった広がりを得ることができました。


戦前の時代を生きた人々の 在りし日の姿を感じられる地方・中小企業の調査資料

学生による地域活性化活動を実践

ゼミの活動も教えてください。実践的な活動をされているそうですね。

私のゼミのテーマは「関西地域の活性化に向けた具体的行動の実践」。1学年20人程度の学生が4班に分かれ、フィールドワークのスタイルで地域活性化に向けた活動に取り組んでいます。
 繊維産業、地方の中小企業について調べていると、100年前の日本は確かに中小企業が中心で、地域が元気な時代だったことが分かります。しかし、繊維産業が斜陽化し地域の産業が衰退すると、その地域自体の元気がなくなってしまいます。それだけではなく、地域の核となる産業がなくなると、地域のつながりまでも失われてしまいます。それに対して何か具体的な行動をすべきだという私自身の問題意識が、ゼミのテーマに反映されています。
 ゼミの学生は京都・伏見区、大阪・池田市などに出かけ、地域の人と接しながら、その方々の悩みやニーズを聞いて問題点を明らかにし、地域を活性化するための提案を行い、具体的行動につなげています。

どのような地域活性化活動をしているのですか?

京都伏見班では齋藤酒造という蔵元から、「若い人に日本酒に親しんでもらうための企画を提案してほしい」という要請をいただいて、学生が利き酒イベントを3年連続で企画・実施しました。年々参加者は増え、今年は300人を越えました。また、今は新商品の開発にも協力させていただいています。
 池田市では2つの班が活動しています。1つの班は細河という植木の産地で有名な自然豊かな地域の観光活性化のために、地域のコミュニティ推進協議会と連携してウォークラリーを毎年企画・実施しています。学生がコースを考え、炭焼き体験、古いお寺の特別公開、地域の合唱団による歌など、ポイントごとのイベントを企画・運営しています。
 もう1つの班は、池田市内の小学校で環境出前授業を年間5回程度行っています。4年生の総合授業として行われるこの出前授業では、学生がファシリテーターとなって、環境を守るために何をすれば良いか子供たちに考えてもらい、実践した活動を市のエコ活動報告会で発表するところまで1年間をかけて行います。子供たちは、校内の無駄な電気を消す電気パトロール隊を結成したり、廃油の回収に協力したり、給食の残飯を減らす活動などをしています。残飯の減少率は市内の小学校で一番になりました。


  • 京都・伏見
    京都市伏見区での利き酒イベント


  • 池田・細河
    池田市細河地区でのウォークラリー活動


  • 池田
    池田市内の小学校での環境出前授業

福島の被災地を学生と訪ねる

もう1つの班の活動内容は?

もう1つの班では、東日本大震災で被災した地域への調査活動とボランティア活動、そこで見たものを関西で伝えるという活動をしています。この班は2011年6月に被災地に初めて訪れ、福島県の福島、郡山、南相馬の3市で活動しています。
 福島市では仮設住宅を訪問し、足湯マッサージを提供して、いろいろな話を聞かせてもらいながら避難者の方に少しでも元気になっていただこうという活動を福島大学の学生としています。
 南相馬市では、小学校の体育館で、大きな取り札を使ったカルタ大会を企画して行っています。カルタは池田市の幼稚園児と一緒に作ったもので、読み札の文面が子供たちへの励ましのメッセージになっています。これを学生が読み上げると、子供たちが取り札に向かって走り出します。カルタ大会は、運動場が思うように使えない子供たちに体育館の中で元気に走り回ってもらおうという企画でもありました。これらの活動を通じて見聞きしたことは本学の市民講座などで報告しています。

今後の抱負をお願いします。

今の日本の産業は、自信をなくしているのではないでしょうか。歴史研究者としては、日本が地域の内的な力で発展してきたということをもう一度発信していきたいと考えています。
 地域活性化は言葉で言うのは簡単ですが、どの地域でも共通する処方箋があるわけではないので難しい。ゼミ活動については、学生が地域にお邪魔させていただくことで、地域の皆さんの活力につながることを期待しています。学生たちは活動を通して、人生の生き方や働く軸を、地域の方々から学ばせてもらっています。こうした活動をしているとつくづく感じますが、教育者である自分が成長しなければ学生も成長しません。教育者としても成長できるよう、研究活動に取り組んでいきたいと思っています。


福島・南相馬
福島県南相馬市でのカルタ大会