豊かな音楽生態系をつくる音楽メディアの未来を提言
三浦 文夫 教授

メディアプラットホームと音楽産業論の研究

豊かな音楽生態系をつくる音楽メディアの未来を提言

ラジオの再編と音楽のアーカイブ構築

社会学部

三浦 文夫 教授

Fumio Miura

地上波のラジオ放送をインターネットを通じてパソコンやスマホで聴くことができる「radiko」が、2010年の配信開始以来、新たな聴取者を獲得しラジオ放送の人気回復に一役買っている。大手広告代理店・電通でマスメディアとインターネットの融合サービスの事業化などに携わり、2012年から本学で教鞭をとる三浦文夫教授こそ、radikoの考案者。メディア業界での実践経験を生かしながら、三浦教授はメディアとポピュラー音楽の関係の研究、ラジオの再価値化、日本の音楽生態系を豊かにするための提言を行っている。

ネットでラジオを radikoを考案

生みの親である先生から見て、radikoは順調ですか?

実用試験に先立ち、2008年に技術実験を開始したときには、大阪府限定でわずか1000人足らずのモニターを対象に、在阪民放ラジオ6局を配信するだけでした。それが2012年には月間の利用者数(ユニークユーザー)が、1000万人を突破。民放ラジオ65局と放送大学が参加し、全国各地へ配信を行えるまでになりました。ラジオを知らなかった、興味がなかった人がスマホでradikoを聴いて、初めてラジオの面白さを発見するなど、確実に若い世代にも浸透しつつあります。

そもそもradikoを、なぜ考案されたのですか?

もともと音楽とラジオの関係に興味がありました。ラジオ放送が登場した1920年代から、音楽とラジオの関係は補完し合い、1つの音楽生態系を形成していました。ポピュラー音楽の興隆は、ラジオというメディア抜きには考えられないでしょう。ところが、90年代末からラジオ広告費とCDなどの音楽パッケージ生産高が足並みを揃えるように減少し、2011年にはどちらもピーク時の半分になってしまいました。(図1)
 そこで、面白い音楽を生み、音楽を豊かなものにするには、ラジオという音声メディアの復活が必要ではないかと考えるようになりました。ただ、ラジオ受信機自体が身近にないという人も多くなり、都心部では電波状況も悪くなっていて、放送がリスナーに届いていない。ならば、ネットで放送を流せばパソコンが受信機になって、聴いてもらえるのではないか、というシンプルな発想からradikoを考案しました。


  • (図1)ラジオ広告費と音楽パッケージ生産高の推移


  • radikoのホームページ http://radiko.jp/

ユーザー視点でラジオの未来を設計

これからのラジオやradikoはどう変わっていくのでしょう?

ラジオはインターネットと非常に親和性が高い。この2つを組み合わせることで、ネットでラジオを聴けるだけでなく、そこからすぐにソーシャルメディアにアクセスできる、かかっている曲や歌詞が表示され、アーティストのファンサイトへ行ったり、音楽配信サイトで楽曲を購入することができます。radikoでは近くこうした機能が強化される予定です。中高年リスナーが中心だったラジオが、急にいろいろなことができる新しいメディアに変わってきたわけです。しかし、radikoはまだまだ初期段階。社会インフラ化するためにはさらに改革が必要です。
 ラジオのデジタル化をどうするかという課題もあります。しかし、ユーザーにとってラジオは音が流れてきて、それを楽しむものであって、アナログかデジタルかなど二の次でしかありません。制度や枠組みを先に決めるのではなく、ラジオというメディアをあくまでユーザーの立場からどう捉え直したらいいかを考えるべきです。そこで現在、ユーザー視点でFM、AM、radikoを含めた、今後のラジオを再編し再価値化する研究を進めています。
 私はものごとを「クリエイティブ」「ポリシー」「マーケティング」「テクノロジー」の4つの切り口から考えるようにしています。例えば、ラジオの場合ならば「クリエイティブ」は音楽、スポーツ、パーソナリティなどの番組そのもの、「ポリシー」なら放送法、電気通信事業法や、著作権等権利処理の問題というようにそれぞれの切り口で検討すべき要素が見えてきます。この4つの切り口から、メディアとコンテンツを分析研究し、次世代の音声メディアの役割、ユーザー視点の制度、技術、ビジネスモデルを考え、提言という形にまとめたいと思っています。(図2)


(図2)メディアとコンテンツを分析する4つの視点

産業と文化を両輪にした音楽メディア研究

メディアの現場から学問の世界に転じられて、どんな印象を受けられましたか?

1920年代のラジオの創世記とインターネットという新しいメディアが普及し始めた近年の状況が似ていて、これからのメディアの在り方を考える上で、90年前を知ることが非常に参考になります。当時のメディア生成の過程や社会構造の変化に関する研究をされている本学の先生方から、教えられることがたくさんあります。
 ただ、実際にメディアの構築に携わってきた私としては、そうした社会学的なアプローチを学びつつも、実践と関わることに軸足を置いたスタイルで研究を進めたいと思っています。あとは、学生に接することで、若い世代の現状を身近に感じることができるのも大学に来て良かったことですね。

若者に関して、何か発見がありましたか?

今の学生たちはテレビを持っていない。新聞は取らない。ラジオも聴かない。情報源はほとんどネットと口コミだけの狭い世界を生きている。音楽についても、日本のポピュラー音楽は非常に多様性があるのに、そのことに気付かずごく限られた音楽だけを聴いている。音楽などの文化を楽しむリテラシーは中学、高校の頃に育まれるもの。中高生ぐらいの世代に、「こんな面白い世界があるんだ」と知らせていく種まきをメディアや音楽業界があまりやってこなかったということも一因かもしれません。種まきをいかにするかということも提言していきたいと思っています。さらに、日本のポピュラー音楽のアーカイブをつくりたいんですよ。

音楽のアーカイブとは?

1960年代の半ばぐらいに日本独自のポピュラー音楽が生まれます。その後、グループサウンズ等を経て、本格的なロックやフォークなど、オリジナリティのあるものが出てきます。その系譜を、音源、映像、インタビュー、資料などが散逸する前に集めて、系統立ててアーカイブ化したい。若い世代が利用すれば、こんな格好いい音楽があったのか、と発見があると思います。

産業と文化を両輪にした音楽メディア研究

2013年度から社会学部でメディア専攻がスタートします。そこで、先生はどんな役割を担われるのでしょう?

メディア専攻には音楽文化、音楽メディアの社会学的な研究の第一人者といえる研究者もおられます。一方、音楽とメディアの産業界で実際に仕事をしてきた私のような者もいる。産業(実務・実技)と文化(社会学)の両面の視点からアプローチする音楽メディア研究プログラム(メディア企画演習音楽)をメディア専攻の中につくり、ジャーナリスト養成と広告に並ぶ、専攻の特徴にしていきたいと考えています。産業と文化どちらから見ても、この分野で日本の最高水準の教育・研究の場にして、グローバルな発信力を持ちたいと思います。
 また、私は映像実習も指導する予定です。以前から本専攻には映像・音声を収録するスタジオがあるのですが、来年度までに機材がすべて最新鋭のものに替わります。それを使って、ミュージックビデオを製作し、ネットなどを利用して、いかにプロモートするかを実際に学んでもらうつもりです。

日本の音楽を元気にする人材が出てきそうですね。

学生には次世代のメディア産業、音楽産業を自分の手でつくっていき、グローバルに展開するぐらいの気概を持ってほしいと思っています。