送電分離で発電と流通に競争を!
滝川 敏明 教授

電力の独占と規制改革の研究

送電分離で発電と流通に競争を!

地域独占からアメリカ・EUの電力供給モデル導入へ

法務研究科(法科大学院)

滝川 敏明 教授

Toshiaki Takigawa

福島第一原子力発電所の事故は、計画停電を伴う電力供給の危機をもたらした。同時に、電力の送電分離論への注目が高まってきている。電力の送電分離は世界共通の課題であるという滝川敏明教授は、国際経済法の専門家としてアメリカやEUの先行例を踏まえながら、内外のシンポジウムなどで電力問題に関する研究発表や提言を行っている。

ガラパゴス化する日本の電力供給システム

滝川敏明教授は法学部出身だが、アメリカでMBA資格を取得し、公正取引委員会、経済企画庁、パリの経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部に勤務した経験のある経済法学者。国際的な視野で独占禁止法やWTO法、貿易摩擦などの問題を追究している。
 現在の社会は、法律だけで片付かない、法律と経済が融合した多くの課題に直面している。福島の原発事故によって露呈された日本の電力供給の在り方をめぐる問題もその一つだ。滝川教授は、送電分離など電力の規制改革は、電力会社による独占を問うところから出発しなければならないという。
 「日本では独占禁止法といわれていますが、世界的には競争法というのがスタンダードです。市場の競争のルールをどう作るかということです。電力供給の在り方は世界共通の問題で、送電分離に関してはアメリカやEUで研究が進んでおり、既に政策が実施されています。そういう実例を見ないで日本だけで考えていると、まさにガラパゴス状態に陥ります。既に競争が機能してよくできたモデルが外国にあったら、それを取り入れるべきです」

なぜ送電部門を切り離す必要があるのか

まず、電力の送電分離とは?

電力市場は、発電、送電、流通(卸および小売)の階層からなる垂直的市場です。伝統的に、大電力会社が各階層を企業組織の中に垂直統合して経営を行ってきました。欧米で既に実施され、また日本で論議されている送電分離は、この各階層中の送電を垂直分離して、既存電力会社とは独立に経営させるものです。
 電力は、送電線が自然独占(高圧送電線を重複して建設することは経済上かつ環境上不可能)なので、既存の電力会社が送電線を所有しています。同時に発電と電力販売を実施し、電力全体が独占となっているのが日本の現状です。競争が及ばないため、効率化と技術革新が進まず、価格も高止まりします。
 発電方法にはいろいろあり、原子力発電もその一つですが、風力や太陽光、地熱など環境に優しい方法も開発されつつあります。しかし、独占体は変化を求めません。小売業者も参入できません。したがって、電力会社から送電部門を切り離すことによって、発電と電力販売に競争を導入しようというのが送電分離の狙いです。実際に、アメリカと欧州諸国、アルゼンチンなどは送電分離を実行しました。

送電分離で停電と電力価格高騰を回避するには?

アメリカでは送電分離を伴う電力規制改革の弊害として、カリフォルニア大停電が起きたのではないでしょうか。

アメリカは、垂直統合モデルと垂直分割(送電分離)モデルが混在しています。後者は北東部の諸州やカリフォルニア、テキサスなど14の州です。
 
 確かに、2000年から2001年のカリフォルニア大停電により、電力規制改革は滞りました。発電施設が十分に稼働しなかったことが価格高騰を招きました。それが発電業者間の人為的な市場操作(カルテル的協調)によるものか、それとも発電施設の物理的な故障によるものであるかが論議されています。基本的に、電力自由化の過渡期であったといえます。
 規制改革の流れの中で、かなりの州の電力会社が、規制当局の指導を受けて送電部門を自主的に分離し、電力会社から独立して送電線を運営する経営組織を設けました。また、送電分離を実施していない州でも、競争が導入されている点にも注目すべきです。
 EU諸国では、送電部門の分離をEU委員会が加盟国政府に義務づけています。EUの国を越えて、送電線を一本化する動きがあることも注目されます。一方、地域独占体を形成している日本では、送電線が分断され、電力が逼迫したときに融通が利きません。東西で周波数まで異なっています。競争が成立しない独占体のままでは、電力供給システムの発展は望めません。

市場自由化により、発電業者が増加し、コストが低下するなどのメリットは期待できるでしょうが、電力は貯蔵しておけないという特性があります。停電や価格高騰などのリスクは回避できますか。

競争のメリットについては、国際的に多くの実証結果があります。ただし、電力には常に瞬時に供給と需要が一致しなければならないといった特性があります。供給と需要が一致できない場合に大規模停電が生じます。この電力に特有の性格が市場操作を行いやすくします。それに対しては、先渡し取引により価格をあらかじめ決めておけば、価格つり上げを防止できます。
 EUでは、大口顧客は先渡し取引の長期契約で対応しています。電力が足りなければ1日前か当日、リアルタイム市場で買い、余った分は売るわけです。価格が上がると供給が増えるので、上がりっぱなしにはなりません。カリフォルニア大停電とそれに伴う電力価格高騰は、先渡し取引を実施していれば回避できたといわれています。

スマートグリッドは垂直分割モデルを後押しする

テクノロジーの発展は、送電分離を推進する力になりますか。

電力は貯蔵できないとされてきましたが、蓄電池の技術革新などにより、貯蔵が可能になりつつあります。
 
 また、スマートグリッドと呼ばれる新しい電力網は、垂直分割モデルを後押しする機能を備えています。スマートグリッドにより、大規模施設の中央コントロールのシステムから、より小規模で非集権的なコントロール制度へ移行できます。小規模の分散的発電と中規模の発電施設の組み合わせがスムーズに行われるので、独立小規模の発電業者を受け入れやすくなります。
 スマートグリッドはIT(情報技術)を活用して電力需給を効率よく調整するシステムですが、各家庭においてはスマートメーターをイメージしていただくとよいでしょう。いわば、電力メーターをコンピューター化したものです。電力のピーク時に価格が上がり、消費電力を減らせます。時間ごとの変化料金に応じて、消費と自家発電を自動調整することもできます。

電力市場についての研究から、日本が選択すべき方向が見えてきますね。

地域独占体の弊害は、スマートメーターの規格が国内でさえ統一されないところにも表れています。アメリカと欧州の業界ではスマートメーターの規格を統一しようという動きが進んでいます。そうなる前に、日本が世界規格に打って出なければいけないはずです。
 電力市場におけるアメリカとEUの動きは、総体として、垂直分割をもたらす規制改革が望ましいことを示しています。また、単一送電ネットワークのカバーする範囲が広いことが、大停電の防止につながります。そのためには、発電と電力販売に競争を導入するとともに、日本全体をカバーする送電ネットワークが必要です。
 この分野で、日本はきわめて遅れています。計画停電の危機にある今動かなければ、さらに取り残されてしまう可能性があります。徐々に手直しするという発想ではなく、世界と将来を見据えて一挙に変える電力改革政策が望まれます。