氷結晶を制御する不凍タンパク質の実用化
河原 秀久 准教授

遺伝子組み換えによらない不凍タンパク質の研究

氷結晶を制御する不凍タンパク質の実用化

カイワレ大根由来不凍タンパク質で冷凍食品の品質改善

化学生命工学部 生命・生物工学科

微生物工学研究室

河原 秀久 准教授

Hidehisa Kawahara

冷凍食品の加工・保存の方法を一変させる画期的な「氷結晶制御物質」が発見され、実用化されることになった。冷凍食品のみならず、冷蔵状態でもデンプン老化抑制機能により、ご飯やパンなども従来の添加物を使用せずに、安全性の高い美味なものを市場に出すことができる。それを可能にした「不凍タンパク質」とは?

再結晶化抑制タンパク質を求めて

化学生命工学部の河原秀久准教授(微生物工学研究室)らは、2012年3月12日に千里山キャンパスで、株式会社カネカとの共同研究成果について合同記者発表を行った。この発表は、河原准教授の研究グループがカイワレ大根から「不凍タンパク質」(antifreeze protein:AFP)を発見し、共同研究者である株式会社カネカが冷凍食品への利用を目的とするカイワレ大根エキスの本格販売を開始したことに伴って行われた。
 遺伝子組み換え技術を利用せず、不凍タンパク質を抽出する製法での商業販売は世界初であり、安全・安心な食品への実用化が実現した。この成果に至るまでには、長年にわたる研究の蓄積があった。
 河原准教授は、2000年から氷結晶の成長を制御する不凍タンパク質に注目し、冬野菜由来の不凍タンパク質の研究に着手した。
•2002年2月 ワカサギ由来の不凍タンパク質遺伝子構造解析終了。
•2005年7月 カイワレ大根に不凍タンパク質の存在を確認。
•2007年4月 再結晶化抑制タンパク質の研究と評価方法の検討開始。
•2008年9月 再結晶化抑制活性測定法の確立。
•2008年11月 カイワレ大根の再結晶化抑制タンパク質精製。
•2009年5月 カイワレ大根の再結晶化抑制タンパク質が植物種子タンパク質であることを確認。
 さらに、2010年5月にエノキタケ細胞壁多糖に不凍活性を確認し、不凍機能の研究対象はタンパク質以外にも広がっている。

カイワレ大根から不凍タンパク質を発見

不凍タンパク質とは、どのようなものですか。

不凍タンパク質は、1969年に南極海に生息する魚(ノトセニア科)の血液内に不凍糖タンパク質として存在することが発見されました。以来、多くの寒冷地に棲息する生物種(魚、軟体動物、植物、昆虫、カビ、キノコ、地衣類、細菌などの微生物)からさまざまな構造や機能を有する不凍タンパク質の存在が明らかにされてきました。
 不凍タンパク質の名称は、魚の血液および体液中の凍結温度が、南極海の海水の凍結温度より低下する現象から付けられました。

カイワレ大根から不凍タンパク質を発見するに至った経緯は?

アメリカやカナダでは、魚や昆虫由来の不凍タンパク質を遺伝子組み換えにより生産する方法を試みてきました。私たちは、ワカサギから不凍タンパク質を効率よく抽出し、生産することが可能であることを突き止めました。
 しかし、ワカサギの資源の問題や産地の違いによる活性の変化などの理由で、魚由来の不凍タンパク質の生産から日本特有の冬野菜を利用する方向に転じました。
 冬野菜ではアブラナ科の野菜が多く、このうち日本で最も多く栽培されているのが大根で、収穫量のうち90%が漬物などに使用され、その大根葉は畑で捨てられていました。大根葉に含まれる不凍タンパク質に注目したところ、不凍タンパク質の活性を示すのは、11月から5月に収穫された大根葉のみで、1年を通じて安定的に不凍タンパク質を製造できないことが判明しました。
 そこで、カイワレ大根に着目し、4年かけて研究した結果、カイワレ大根から得られるエキスにも不凍タンパク質の活性があることを発見し、その活性に重要なタンパク質を明らかにしました。

カイワレ大根の不凍タンパク質は、大根葉のものとは異なるのですか。

そうです。分子量の異なった2つのペプチドで構成されたタンパク質であり、種子中に貯蔵タンパク質として存在しているため、成長後の大根には存在せず、カイワレ大根にのみ存在します。これが、氷再結晶化抑制活性の重要な機能を果たすことが分かりました。

氷再結晶化抑制活性(RI活性)測定法

不凍タンパク質が冷凍食品の保存に必要とされる理由は?

食品素材(肉や魚介類)を冷凍庫で長期的に保存し、その後、解凍すると肉汁(ドリップ)が生じます。このため、解凍後に調理した場合、食感が悪くなります。ドリップが生じるのは、氷再結晶化現象が要因の一つです。氷再結晶化現象は、形成した氷結晶の蒸気圧の差によって冷凍時に起きます(図1)。
 また、冷凍時の食品素材および冷凍食品の表面上で氷昇華現象が起きることで、袋が膨らむ、袋内に氷結晶が成長するなど、品質が劣化します。これらの現象を妨げる物質が、氷再結晶化抑制活性をもった不凍タンパク質です。
 氷結晶は、水分子同士がクラスターを形成し、六角形構造を保った結晶です。0℃付近になると、不凍タンパク質の氷結合面のアミノ酸の周りに氷結晶クラスターと同じ六角形状に、水分子が集まり、不凍タンパク質が結合した氷結晶になり、機能が発揮されます。

研究開発で特に難しかった点は?

冷凍したときに起きる氷の再結晶化という現象を数値化してとらえる方法を確立したことです。この氷再結晶化抑制活性(RI活性)測定法により、冷凍食品の品質改善が可能になりました。
 RI活性は、サンプルと60%(w/v)ショ糖溶液を1:1に混合し、温度制御付き顕微鏡システムを用いて0分と30分での画像を撮影し、温度制御で測定が行われていました。
 しかしながら、従来、画像の見た目でのみで同活性の有無を確認しており、魚由来の不凍タンパク質の活性との比較によって評価しているだけでした。私たちは、この方法では品質管理が行えないことから、RI値として数値化を確立することに成功しました。これにより、氷再結晶化抑制活性を指標にして品質管理ができるようになり、実用化に大いに貢献しました(図2)。

冷凍麺に採用、冷蔵状態のデンプン老化抑制も

この不凍タンパク質は、製品として市場に出ているのですか。

共同研究を行ってきた株式会社カネカは、カイワレ大根から抽出した植物不凍タンパク質をすでに販売しています。2012年3月から大手製麺メーカーの冷凍麺に採用され、本格販売が開始されました。これにより、世界で初めて、遺伝子組み換え技術を利用せず、植物から抽出する不凍タンパク質の実用化が可能になりました。
 従来、冷凍うどんでは、霜が降り、表面が乾燥して白くなる現象が見られました。不凍タンパク質のエキスをわずかに添加することにより、表面の白濁も霜も見られなくなります。添加量はうどんの場合、粉に対して0.03%です。ですから、素材の味や色に影響しません。また、抽出工程に薬剤を使っていませんので安全です。

今後の研究開発や実用化の展開について。

エノキタケ由来の不凍タンパク質と不凍多糖についても、長野県のベンチャー企業と共同研究を進めています。不凍多糖は冷凍たこ焼きと相性がよく、冷凍豆腐やフリーズドライ製品には、緑豆の不凍タンパク質がよいことも分かっています。
 さらに、不凍タンパク質は冷凍以外に冷蔵でも、画期的な機能を発揮します。冷蔵状態のデンプン老化抑制があり、ご飯を冷蔵し柔らかい状態で保てます。また、パンにカイワレ大根エキスを乳化剤の代わりに入れることによって、水分を保持してしっとりとした状態を維持できます。添加物を使わず、安全性の高い素材で、おいしいパンが作れるわけです。
 実は、デンプン老化が起きるメカニズムは、まだはっきりとは解明されていません。実際に老化抑制物質を使ってみて、なぜそうなるのか、アカデミックな研究へ落とし込んでいこうとしています。