人や地域とつながる心の安全基地が必要
岡田 弘司 教授

自尊感情や社会的支援感を高める心理的アプローチ

人や地域とつながる心の安全基地が必要

被災者への心のケア

大学院心理学研究科 心理臨床学専攻

(臨床心理専門職大学院)

岡田 弘司 教授

Hiroshi Okada

臨床心理専門職大学院の岡田弘司教授は、長年、医療分野を中心に、心理的アプローチの適用について研究を行ってきた。また、阪神・淡路大震災の緊急支援チームに臨床心理士として参加した経験を持つ。被災地での心のケアには難しい問題も多く、専門の研究と経験を踏まえて語ってもらった。

阪神・淡路大震災の精神科救援活動

岡田教授は1990年から兵庫県の精神科の病院に勤務し、精神疾患患者への心理アセスメントやカウンセリングを行い、精神疾患患者の自立や社会復帰に向けた幅広い援助に携わった。1995年1月17日の阪神・淡路大震災に際して、緊急支援チームに加わり、連日、避難所などで精神科救援活動を担った。当時の状況と救援活動の内容は?

当初は保健所などから病院に救援要請が入るたびに出掛けていったのですが、チームを組んでこちらから避難所に出向いて被災者を援助するという方針に転じました。1月25日から、精神科医師と看護師、臨床心理士からなる巡回チームが、活動を開始しました。通常の院内業務もあるので交代制で、約40カ所の避難所を1日に3カ所程度回り、避難生活を余儀なくされている方々の心のケアに当たることにしたのです。
 実際に避難所へ行ってみると、まだライフラインが確立されていない時期で、人々は生活が維持できるかどうか不安を感じるような状況に置かれていました。それを見て、カウンセリング業務はしばらく脇に置いておき、被災者の方のニーズに合わせて動こう、カウンセラーというよりも自分の人となりで動こう、と直感的に思いました。爪が伸びていると聞けば爪切りを用意したり、髪を洗いたいという方には洗えるように算段したり、肩が凝っているという方には、差し障りなければ少しマッサージをさせてもらったり……。
 継続的に訪問しているうちに、徐々に人間関係もできてきて、「ちょっとお話を聴いてもらえませんか」と言われたり、悩んでいる方を紹介されるようになりました。避難所の近く、公民館などで、秘密が守られて安全な場所を整えてもらって、出張カウンセリングをしばらく続けました。ライフラインが確立されて生活が安定してくると、日ごろ抱えていた問題が気になりだすものです。潜在していた家族間の問題、仕事や対人関係の問題が表面化することもあります。
 もう一つ、被災後の援助で重要なことは、子どもたちの心の問題です。私たちは、小中学校の保健室を継続的に訪問し、養護教諭にお話を伺いました。子どもは怖い体験をすると、しばしば子ども返り、赤ちゃん返りをします。これは、自分を守ってくれる場所があるのか、安全な人間関係があるのかと、自分のよりどころを探すような行為なので、必ずしも悪いことではないのです。むしろ、成長するための一過渡期という見方ができ、指しゃぶりなども、元気を回復する過程と考えられますが、少しでも子どもの変化に不安なことがあれば先生から話を聴くことにしました。

臨床心理士に必須のコミュニケーション能力

岡田教授は、1996年から大学病院に勤務し、精神科領域を中心に心理臨床の実践を行ってきた。また、精神疾患にとどまらず、小児科、内科など、心理的援助の必要な多様な疾患も心理臨床の対象としてきた。糖尿病などの身体疾患への心理的アプローチとは?

糖尿病の治療は、食事療法や運動療法など生活習慣に深くかかわり、治療に負担を感じる患者さんが多いと思われます。できるだけ負担を感じず円滑に治療を進めるためには、どのような心理状態にあればよいのか、あるいは心理的サポートをどのように行えばよいのかなどを検討しました。糖尿病患者の場合は、自尊感情や社会的支援感を持つことが重要であり、これらを高めることを目的とした心理的アプローチが有効であることを検証してきました。(下部各図参照)
 社会的支援感などは、人とのつながりに通じますが、例えば、食事療法をうまくやっていくためには家族の協力が必要です。運動療法では、一緒に運動するパートナーや友達がいると安心ですし、積極的に動けて効果も上がりやすいと思われます。自分がどれだけ支えられているか、友達関係や家族とのつながりが強いかどうかが、大きく影響します。困難な状況を克服していく過程では、人とのつながりによって前に進める部分があるのです。震災の救援活動における心のケアにも通じるところがあります。

岡田教授は2008年に関西大学社会学部教授に着任し、2009年からは心理学研究科心理臨床学専攻の教授となり、臨床心理士の養成に携わっている。臨床心理士が専門職として何よりも涵養すべきことはコミュニケーション能力であるという

どれほど高度な心理学的知識や技術を持っていても、援助技法の実践が援助者と利用者との人間関係において行われるかぎり、質の高いコミュニケーション能力を有することなく臨床の場で活用することはできません。心理学の知識や技術を生かすことも、相手の方と私たちとの信頼関係をつくれるかどうかにかかっています。気持ちよく挨拶することから始まり、人の話を傾聴するのにどういう技術を使っていくのかということも、すべてはコミュニケーション能力を高めることに集約されると思います。

人と人との情緒的なつながり、地域との連帯

今回の大震災後、各関係機関が連携をとって、広く心のケアを提供しようとする活動が認められる。今後、避難所から仮設住宅へと生活の場が移っていくが、心理的な支援のポイントは?

大震災で生活状況が一変すると、今まで普通に抱いていた自信を感じにくくなることがあるかもしれません。そのような時、人とつながっていることを感じることができれば、自尊感情の低下を防げます。地域とのつながりが途切れやすくなる状況にある方は、人とのつながりが一層大事になってきます。人と人との情緒的な結びつきは自分の気持ちのつながりにも通じますので、これらを念頭に置いた支援が望まれます。
 そのためには、継続的にかかわっていかねばなりません。被災者の方々との関係性ができてくると、こちらの援助技術などもいろいろ生かせる局面が出てくるでしょう。個々のニーズに対応しつつ、半年、1年と続けてやっていくべきものだと思います。最初は気丈に振る舞っていた方が、後になって疲労が出てくることもないとは言えません。
 例えば、お子さんの安全や成長を最優先して目いっぱい動かれて、自分のメンタルケアは二の次になっている親御さんがいるかもしれません。環境の変化に適応しにくい特性を持ったお子さんをお世話されている親御さんの中には、避難所の中でいろいろ気を使われている方もいるでしょう。
 また、避難所から仮設住宅に移行すると、それまでのコミュニティが解散することで、逆に寂しい気持ちになる方がいるかもしれません。これまでの反省から、避難所のコミュニティを維持しつつ仮設住宅に移ってもらうような配慮がなされやすくなっていると思いますが、仮設住宅でのケアを支えるネットワークも必要です。援助を風化させず、数年、あるいはそれ以上のスパンで考えねばなりません。
 結局、震災の救援活動も、心のケアの面では、私たちの日常の心理的援助とつながってきます。人と人との情緒的なつながり、地域との連帯などの意味を、もう一度見つめ直し、人間関係が“心の安全基地”として機能するような心理的援助技法の適用可能性について、さらに探っていきたいと思っています。

糖尿病患者用ソーシャルサポート尺度(2001、岡田他作成)から見た社会的支援の効果の概要
注)患者間の支援、医療スタッフの支援は測定する項目が少ないためグラフが相対的に低くなっている。


  • 食事療法に苦手意識がある患者群に比べて、苦手意識のない患者群のほうが、家族の支援が良好であった。


  • 運動療法に苦手意識がある患者群に比べて、苦手意識のない患者群のほうが、家族の支援と友人の支援が良好であった。


  • インスリン療法に苦手意識がある患者群に比べて、苦手意識のない患者群のほうが、家族・友人・患者・医療スタッフのすべての支援において良好であった。