場所の声を聞く
江川 直樹 教授

「親街路性」と「親空性」の建築環境デザイン

場所の声を聞く

団地を魅力ある住宅市街地に再生する

環境都市工学部 建築学科

江川 直樹 教授

Naoki Egawa

江川直樹教授の建築環境デザイン研究室では、1年の半分が水につかるカンボジアのカンポンプロック村の実測調査を続けている。また、丹波の過疎の村で学生が空き家をリノベーションし、地域と交流する「TAFS佐治プロジェクト」の活動も継続中だ。建築家としての江川教授は、多くの集住環境のデザインを手がけてきた。建築とは「場所の声を聞く」ことであり、建築家の仕事は「場所のポテンシャルを探り出し、建築を通してそれを社会化する」ことだという。江川教授の建築観とその実践を紹介する。

ヨットハーバーと公営住宅が共存できる街

江川教授が1989年に設計した「アルカディア21住宅街区」(兵庫県三田市)は、90年に公共の色彩賞を受賞し、2008年に土木学会デザイン賞を受賞した。98年に設計した「南芦屋浜災害復興公営住宅」(兵庫県芦屋市)は、2000年に公共の色彩賞などを受賞し、2010年に地域住宅計画賞を受賞した。建築直後の受賞から18年、10年たってから再び受賞することは珍しい。一般に時間の経過とともに価値が減っていく日本の住宅のなかで、長い年月を経てその真価が認められ、輝きを増す例は少ない。

建築は建ったときに意味がないといけませんが、その意味が建った後すぐに理解されるものばかりではありません。最初にいただく賞は、モノとして評価された結果ですが、そこで人々が暮らすことによって愛着を持ってもらえるような環境をつくっているか、周りの人々にとっても意味のあるものをつくっているかなど、評価の基準が変わってきます。
 南芦屋浜の集住街区は、震災復興の公営住宅です。埋立地に建てられた当初は周りに何もなく、六甲山や海が見えるだけで、身近な周辺との連続性の感じられない建物群にも見えかねないものでした。
 しかし、現在では当初から掘りこまれていた運河にヨットハーバーが、近隣には商業施設もでき、新しい芦屋の海浜住宅市街地としての美しいコラージュ的な風景ができあがっています。計画時に思い描いていた、ヨットハーバーがあるようなお金持ちの街と、高齢者や庶民の住む公営住宅とがうまく共存できる街ができたのではないでしょうか。エレベータの位置も、アクセスの際に街や海がよく見えるようにするなど、将来の姿を想像し、それらとの共生を考えた空間設計をしています。このように、これから先に街がどうつくられていくかを想像して、この場所ならではの魅力的な集住環境を設計していかなければならないと思います。

南芦屋浜災害復興公営住宅


  • 将来を見越して計画された環境構造としての集合住宅群


  • ヨットハーバーや商業施設ができ、六甲山から海までが一体となった海浜住宅市街地になっている


  • 光と影が変化し、時間とともに、季節とともに、違った表情が見える


  • 「親街路性」が親密な雰囲気を醸し出す

建築の目的は生きるための場所をつくること

「この場所ならではの魅力的な集住環境」とは何だろうか。江川教授は若いころから一貫して、「場所の声を聞く」ということを語ってきた。近年、社会問題になっている団地の再生は、老朽化した建築・住戸の改善だけでなく、コミュニティを含む「まち」の再生という視点が必要だ。江川教授は「場所の声を聞く」ことによって、その地域を魅力ある住宅市街地に変えていくことができるという。その際にポイントとなる、建築の街路との関係性、空との関係性とは?

私が31歳の時に、当時のJIA(日本建築家協会)事務局長の方に頼まれて建築について思っていることを話す機会があり、「場所の声を聞く」という話をしました。そのころから、敷地や敷地の周囲はどうしてほしいのかを言っているのではないか、その声と設計者や住む人や工務店などが応答を繰り返しながら、その場所にしかないもの、その場所にあるのが最もふさわしい住宅をつくらねばならないのではないか、というようなことを考えていました。
 いまだに建築はハコをつくるものと思われているのが問題です。建築の目的は、生きるための場所をつくることです。どこで、誰と生きているかということが重要で、その場所で生きているんだと感じられるようなものをつくることが、建築家の役目です。
 建ち並ぶ家々が、いかに街路、道路空間と親しめる関係性を持ち得るかという点を、私は「親街路性」と呼んでいます。例えば、建築と道路の間に大きな緑ができると、建築と街路、街路を歩く人々との関係が遠くなってしまい、街は歩いていてもつまらないものになっていきます。建築が社会に近づいていくほど、社会の安心・安全が得られる環境になっていくのです。オートロックにして閉鎖的にすれば安全と思われていますが、外から中が見えない世界ができてしまい、結果的には危険な領域をつくっているように思います。「人気=ひとけ」の感じられる市街地の道路空間を、集住空間のデザインとしてつくっていくことが重要だと考えています。
 また、いかに空とつきあう生活環境を形成するか、言い換えると屋根並みの視点を「親空性」と呼んでいます。低く抑えて横一線の高さ制限をしてしまうと、容積率を効率的に使おうと考えた場合、すき間のない壁にしかなりません。逆に、高さが周囲より少し高くなったとしても、下の部分にすき間を作ったほうが、風も抜けるし、視線も抜けるし、コラージュ的な風景ができ、全体としての環境はよくなります。こういったことは建築だけを考えていると到達できない話であり、私たちは法律を含めて議論できる環境をつくっていかなければなりません。

団地から住宅市街地への転換を実現

「浜甲子園さくら街(建替1期)」で、江川教授は多数の賞を受賞した。07年に関西まちづくり賞(日本都市計画学会関西支部)、08年に地域住宅計画賞、JIA優秀建築選、09年に都市住宅学会賞。そして今年、西宮市都市景観賞(まちなみ発見クラブ賞)が加わった。これは景観に関心の高い市民らの審査で選ばれた賞であり、建物の高低や奥行きのある構成、落ち着いた色合いなどにより、高層ながら快適な印象のまちに生まれ変わったことが評価された。

浜甲子園さくら街は、旧公団住宅団地の建て替えのプロジェクトです。高層棟を細い塔状のものとして中層棟と混在させ、空に対する意識を高めて、浜甲子園の気持ちのいい、広い青空が感じられるように提案しました。従来の建物の高さイメージを継承するため、バス通り沿いには高い建物を建てないようにして、その背後に塔状の高層住棟を配しています。市街地からの道が団地で分断されていたものを再編し、新たに公共の道として整備しました。その道に沿って建築が建ち並ぶ沿道型、街区型の配置として、団地から住宅市街地への転換を実現したのです。

浜甲子園さくら街


  • 街区に面して住棟を配置し、メインの道路沿いは4層+ペントハウス(屋上の住戸)といった中低層棟とし、その背後に塔状の高層棟を配する。浜甲子園の広く心地よい青空が感じられるタウンスケープ。


  • 道路沿いの1階住戸は、すべて道路から出入りできる専用庭を持っている。専用庭は、落下防止の庇とあいまって平屋が建ち並んでいるようで、ヒューマンな界隈性をつくり出している。


  • 道路沿いには、道路から出入りでき、プライバシーを守りつつも、人気の感じられる平屋のような構造の専用庭が設けられている。


  • 中低層のまちなみの上部に、塔状の高層棟が混じるデザインは、一般的な高さ規制に従うだけでは実現できない。


  • 原っぱのある街区の内部も、デザインされた低層の自転車置き場などが、ヒューマンで気持ちのよい空間をつくり出している。